↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の瞳に映る世界  作者: 夏椿
出会いがひらく世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/118

第九十話 葉を選ぶ理由


「この袋、採ってきた人は違うのに結果が近い」


 リシェは机へ二枚の報告を並べた。


 調査を始めてから、ひと月近くが過ぎていた。森へ出るたびに葉の位置を分けて採り、施設では新しく出た葉へ目印をつけた。薬師から届く結果が増えるにつれて、机の上も紙で埋まっていった。


 最初は、生えた場所の違いを探していた。


 日向と木陰。乾いた斜面と湿った窪地。


 だが同じ場所の株から採ったものにも差があり、遠く離れた場所のものが似た結果になることもあった。


 リシェは報告の番号から、採集記録をたどった。


「こちらは木陰の大きな株です。こっちは明るいところの小さい株。でも、採った葉はどちらも……」


 紙を引き寄せ、株の絵へ指を置く。


「開ききってから、まだあまり日が経っていない葉です」


 イネスは椅子を寄せた。


 幼い葉を残すことは、採集では当たり前だった。小さすぎる葉は使わず、十分に育ったものを選ぶ。


 その先の違いまではリシェも気にしていなかった。


「大きさではなく葉が育ってからの時間か」


 イネスが別の報告を取る。


「花をつけた株の下の葉はどうなっている?」


 リシェは紙の束から探し出した。


「こちらです。形はきれいでしたけど、結果は低く出ています」


「新しく出た小さい葉は?」


「そちらもあまりよくありません」


 二人で机を空け、報告を三つに分けた。


 まだ開ききっていない葉。


 開いてから日が浅い葉。


 長く株についていた葉。


 全部がきれいに分かれるわけではなかった。それでも、場所ごとに並べていたときより、同じ傾向が見えてきた。


 イネスは腕を組み、しばらく紙を眺めていた。


「次は同じ株で確かめよう」


     *


 そこからの調査は、前より狙いがはっきりしていた。


 施設の株で葉が出た日を追い、開いたあとも何日かおきに少量を採る。森では、同じ株の上と下から採った葉を分け、処理の仕方をそろえて薬師へ送った。


 リシェは採る場所を間違えないよう、株の絵と目印を確かめた。イネスはほかの研究者にも記録を見てもらい、比べ方に無理がないかを相談していた。


 その間にも、施設の仕事や近郊の依頼は続いた。


 暑い日の調査は朝に済ませ、午後には標本を整理する。フィエルがゼフィとの訓練から戻る頃、リシェは机を離れて迎えに行った。


 結果を待つ日は、長く感じた。


 新しい葉の目印を確かめるたび、早く答えを知りたくなる。だが、イネスは途中の数枚だけで結論を出さなかった。


 やがて、薬師から二度目のまとまった報告が届いた。


 封を開けたイネスが、リシェを呼ぶ。


「こちらでも同じ傾向が出た」


 リシェは作業台から駆け寄りかけ、手に持っていた鉢を先に置いた。


 紙には、施設の株と森の株、両方の結果が並んでいた。


 十分に開いたあとの葉は、一定の期間、薬として使ったときの働きが高く出る。その後、見た目に傷みがなくても、下がっていく。


 育った場所による違いは残っていた。だが、葉の育ち具合をそろえると、以前より結果が安定していた。


「本当に葉の古さが関係していたんですね」


「うん。この薬草では見分ける手がかりになりそうだ」


 イネスはリシェの最初の記録を出した。


 花をつけた株の下に、縮れた葉が残っていたと書いてある。その隣には、大きさの似た葉を別の位置から採った絵があった。


「君がここを分けて残したから追えた」


 リシェはその紙へ目を落とした。


 あの日は、気になったから描いただけだった。


 それが、ひと月以上かけて集まった報告の、最初の一枚になっていた。


     *


 薬師の店を訪ねると、机の上に乾かした葉が広げられていた。


「同じ重さで使ってもこれだけ違いが出た」


 薬師は試したものの記録を見せてくれた。


「まだ確認は続けたいが、仕入れの条件を変える価値はありそうだ。大きくて傷のない葉、というだけでは足りなかったんだね」


 イネスが頷いた。


「採集する人が、現地で選べる形にまとめたい。葉が出た日を知ることはできなくても、株の中の位置や状態なら見られる」


「乾いた葉だけでは、そこまでは分からないな」


 リシェは持ってきた紙を広げた。


 新しく開いた葉と、古い葉。それぞれのつき方を描いたものだった。


「この薬草は上から順に葉が出ます。花が出る前と出たあとで、採る位置を変えた方がよさそうです」


 途中でイネスを見た。


 説明を続けてよいか迷ったが、彼女は紙を薬師の方へ寄せてくれた。


 リシェは絵の二か所を指す。


「同じ大きさでも、ここから採ったものと下の方のものでは、結果が違いました」


 薬師は絵と実物を見比べた。


「これなら採る人にも相談できる。来週、納品に来る人たちへ見せてもいいかな」


 リシェがイネスを見上げると、彼女は問い返した。


「君はどうしたい?」


「見てもらいたいです。でも、まだ確かめていない株の状態もあるのでそれも書いておきたいです」


「では、そのまま添えよう」


 薬師は紙を丁寧に重ねた。


「どの葉も同じではないと分かれば、こちらも仕入れ方を考えられる。助かったよ、リシェ」


 名前を呼ばれ、リシェは少し遅れて礼を返した。


     *


 施設へ戻る途中、イネスは採集者ギルドにも寄った。


 トビアスへ説明すると、彼は納品の見本に使っている箱を出してきた。


「今まで傷みと虫食いを中心に見ていたね。株についていた位置は、持ち込まれたあとでは確認できない」


「だから採る前の説明が必要になる」


 イネスが言った。


「ただし、いきなり全部の納品条件を変えるのではなく、まずは分けて採ってもらいたい」


 トビアスはリシェの絵を読み、頷いた。


「近郊へ出る人に協力を頼もう。同じ場所でも、別の人が採ったものを比べられるね」


 依頼の紙が一枚出された。


 いつもの薬草の採集だったが、採る葉を分け、株の状態も報告してもらう内容が加わっていく。


 リシェは、それが書き上がるのを見ていた。


 自分が見つけた違いから、ほかの人の仕事が変わろうとしている。


「説明の日にはリシェさんも来られるかな?」


 トビアスに尋ねられ、顔を上げた。


「私も?」


「実際に採ったときのことを聞けると分かりやすい。イネスさんと一緒で構わないよ」


「行きます」


 返事をしてから、紙の上の条件をもう一度読んだ。


 説明できるように、絵も整えておきたかった。


     *


 その夕方、イネスは作業室の机へ二つの書類を置いた。


 一つは今回の調査をまとめるためのもの。


 もう一つは、リシェの仕事について書かれた紙だった。


「これから観察だけでなく、調査の準備や記録の取りまとめも頼みたい」


 リシェは椅子を引いた。


「今より仕事が増えるんですか?」


「少しね。ただ全部を一人で任せるわけではない。私が確認するし、時間も相談しよう」


 紙を読むと、給料の額も変わっていた。


「この分も変わるんですね」


「任せる仕事が増えるから。君の記録が役に立つと、施設にも分かってもらえた」


 リシェは数字を指でたどった。


 部屋代と生活費を引いても、手元に残るお金が前より増える。調査の依頼を受けたときには、別に報酬も出る。


 しばらく紙を見てから、イネスへ向き直った。


「私、これからも外で調べたいです」


「うん」


「採集の仕事も先生との練習も続けたいので……」


「分かってる。部屋に閉じ込めるための話じゃないよ」


 イネスはもう一方の書類を示した。


「今回の結果も君が森で見てきたことから始まった。外で確かめる時間は、これからも必要だ」


 リシェの肩が緩んだ。


 イネスは調査のまとめを開き、見出しの下を指した。


「ここに君の名前も載せたい。観察と採集記録を担当した人として」


 リシェはすぐには答えられなかった。


 図書館の展示にも名前はあった。だが、今度は新しく分かったことを伝える記録の中に入る。


「……いいんですか?」


「君がした仕事でしょう」


 机の端で、ロギが羽を整えるのをやめた。


 リシェは自分の名前を書く場所を見つめ、それから頷いた。


「お願いします」


     *


 夜、部屋へ戻ると、リシェは調査に使ったノートを開いた。


 最初のページには、日当たりや土の湿り方が並んでいる。


 その先で、葉の位置が加わった。


 何度も書き直した表の最後には、まだ分からないことが残っていた。ほかの季節でも同じなのか。違う土地で育った株にも当てはまるのか。


 新しい紙に、その二つを書き移した。


 フィエルが机のそばへ来て、膝へ顎を載せる。リシェが撫でると、目を細めた。


「今日ね、私の記録も名前をつけて残すことになったの」


 顔を寄せると、鼻先が頬へ触れた。


 ロギが棚から降り、ノートを覗く。


「分かったことより、分からないことを書いてるね」


「次に調べたいから」


「もう次?」


 リシェは紙へ目を戻した。


 葉を選ぶ理由が、一つ分かった。


 その結果、次にどこを見るかも変わった。


「秋の葉はまだ見ていないでしょう」


 ロギは楽しそうに尾を揺らした。


「じゃあ秋までに覚えておこう」


 リシェは紙をノートへ挟み、明日使う絵を机の上へ残した。


 採集者たちへ説明するまでに、描き直したいところがある。


 その前に、新しい仕事の時間も、イネスと相談しなければならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。