↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の瞳に映る世界  作者: 夏椿
出会いがひらく世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/109

第八十四話 過ぎた誕生日


「十一歳になったよ」


 そう答えると、リリの口が開いたまま止まった。


 ポルテの食堂で、ニルスが背比べの話をしていたところだった。柱につけた印を見ながら、リリが去年より伸びたと自慢し、リシェは十歳だからもっと上まで届くだろうと言ったのだ。


「……いつ?」


「春の第2月15日」


「もう過ぎてる!」


 リリの声に、奥で皿を並べていたハンナが振り返った。


「何が?」


「リシェの誕生日!十一歳になってた!」


 リシェは柱から離れた。何か言い忘れていたらしいが、なぜリリがこんなに驚くのか分からなかった。


 ニルスも顔を向ける。


「この前来たとき?」


「その少しあとだと思う」


「何で教えてくれなかったんだよ」


「言うものなの?」


 リリは椅子から下り、ハンナのところへ駆けていった。


「お祝いしなきゃ!」


     *


「誕生日には何か食べた?」


 ハンナに尋ねられ、リシェはその日のことを思い返した。


 朝は施設の食堂へ行った。鉢を見て、午後は図書館で本を読んだはずだった。


「いつもと同じです」


「そう。今までのお祝いはどんなふうだったの?」


「お祝いは……していません」


 机の上に、皿が一枚置かれた。


 ハンナはすぐには次を尋ねず、リシェの隣へ座った。


「孤児院で決めてもらった日なんです。本当に生まれた日かは分からなくて」


「じゃあその日がお誕生日だね」


 リリが言った。


「何が食べたい?」


「もう過ぎたよ?」


「過ぎてもするの!」


 リシェがハンナを見ると、笑って頷いてくれた。


「少し遅れても大丈夫。リシェが十一歳になったことを、みんなで喜びたいんだよ」


 返事をする前に、リリがまた尋ねた。


「甘いものは?」


「好きだけど……」


「じゃあ甘いもの!」


「それだけじゃ夕飯にならないだろ」


 ニルスが口を挟み、ハンナは二人を静めるように手を上げた。


「まずは日を決めよう。リシェ、お仕事が早く終わる日はある?」


 話がどんどん進んでいく。リシェは鞄から予定を書いた紙を出し、机へ広げた。


     *


 翌日ゼフィが施設へ来ると、イネスは仕事の予定を確認していた。


「三日後の夕方、ポルテで食事をするそうだよ。リシェの誕生日のお祝い」


 ゼフィはリシェへ目を向けた。


「十一歳になったんだね」


「はい。少し前に」


「知らなかったな。おめでとう」


「ありがとうございます」


 口にすると、まだ落ち着かなかった。昨日から、年齢を伝えるたびに同じ言葉が返ってくる。何かを仕上げたわけでも、依頼を達成したわけでもない。


 イネスが紙を机へ置いた。


「当日は早めに仕事を終わらせよう。札の整理は前の日に済ませればいい」


「私も何か持っていった方がいいですか?」


「君は来てくれればいいよ」


 肩のロギが首を傾けた。


『僕とフィエルも?』


『一緒に来てって、リリが言ってた』


『楽しみだね』


 リシェは足元へ目を落とした。フィエルは椅子のそばで眠っている。その背を指先で撫でてから、予定の紙へ印をつけた。


     *


 約束の日、ポルテへ入ると、食堂の奥の机が二つつなげられていた。


 ブルーノが椅子を運び、ニルスは人数を数えている。リリはリシェを見つけるなり、席へ案内した。


「ここ!」


 椅子の背に、布で作った小さな飾りが結んであった。


「私が結んだの」


「ありがとう。かわいいね」


 リリは結び目を一度確かめ、満足そうに隣へ座った。


 フィエルを下ろすと、机の下へ入ってリシェの足元に落ち着いた。ロギは椅子の背へ移り、飾りの端を嘴で持ち上げる。


「それ、ほどかないでよ」


 リリに言われ、赤い鳥はそっと離した。


 やがてイネスとゼフィが来た。最後にカイルが扉を開け、リシェを見て手を上げる。


「十一歳か。ちびっこも少し大きくなったな」


「名前で呼ぶようになりますか?」


「それとこれとは別だろ」


 笑いながら座り、持ってきた包みを机の脇へ置いた。


 ハンナが料理を運んでくると、リリが勢いよく立ち上がった。


「先に言う!」


「何を?」


「おめでとうって!」


 ニルスに答え、リシェへ向き直る。


「お誕生日おめでとう!」


 みんなも口々に続いた。


 リシェは机を見回した。リリも、ニルスも、ハンナたちも、自分の返事を待っている。


「……ありがとうございます」


 声が少し小さくなった。それでも、リリはうれしそうに椅子へ戻った。


「食べよう!」


     *


 料理は、リシェがポルテで好きだと言ったものだった。


 肉と野菜の煮込みに、焼きたてのパン。皿へ取り分けてもらっていると、ブルーノが笑った。


「よく食べるようになったな。最初に来たときは、ずいぶん細かった」


「背も伸びたんだよ」


 ハンナの言葉に、リリが柱を指した。


「あとで印、つけよう」


「宿の柱に?」


「私とニルスもついてるから」


 リシェは柱を見た。大小の印が並んでいる。一つ増やしていいのだと思うと、背筋を伸ばしたくなった。


 カイルがパンをちぎり、ゼフィへ顔を向けた。


「そういえばゼフィリスさんの誕生日は?」


「もう長いこと気にしていないね」


「お祝いしないの?」


 リリに尋ねられ、ゼフィは少し考えた。


「昔はしていたよ。でも、毎年数えることもなくなってしまったから」


 リシェは椀を置いた。


「先生は、何歳なんですか?」


「二百何十歳かだね。細かいところまでは覚えていないんだ」


「二百……?」


 リリが指を折りかけ、そのままニルスを見た。


「私の何倍?」


「十倍よりずっと多い」


「それは分かるよ!」


 カイルが吹き出した。


「俺も百を超えた辺りで数えるのをやめそうだ」


「いつの間にか、去年はいくつだったか曖昧になってね。調べれば分かると思うけど」


 ゼフィの話し方は、リシェが本のページ数を忘れたときと変わらなかった。


「一歳違っていても困らないんですか?」


「私は今のところ困っていないよ」


 リシェは自分の十一年を思った。その何倍もの時間を過ごしているのに、先生は目の前で同じ煮込みを食べている。


「だから君の誕生日も聞きそびれてしまったね」


「先生も数えていないなら、私も言わなくていいと思っていました」


「リシェは言って!」


 リリがすぐに口を挟んだ。


「来年は過ぎる前に!」


「うん。来年は言うね」


 約束を聞くと、リリはようやく食事へ戻った。


 カイルは南で泊まった宿の話を始めた。階段が狭く、荷物を持ったまま曲がれなかったという。


「後ろから押されたら、どうするの?」


「押すなって言う」


「それでも押されたら?」


「荷物を渡して、そいつに先に行ってもらう」


 ニルスが笑い、ブルーノは自分の宿の階段へ目を向けた。


 話は旅の道具へ移り、やがてカイルが忘れ物をした話になった。ゼフィが少し笑っただけで、カイルはすぐにそちらを向く。


「ゼフィリスさんだって、忘れることあるだろ」


「あるよ。ただ宿へ剣を置いて出たことはないかな」


「戻ったからいいんだって」


 リシェも笑った。椀の中身が減ると、ハンナがもう少し食べるか尋ねてくれる。


 首を縦に振ったところで、リリが声を上げた。


「甘いのもあるから、残しておいてね!」


     *


 食後には、焼いた果物を載せた菓子が出てきた。


 リリがリシェの前へ皿を置き、顔を覗き込む。


「どう?」


「おいしい」


「母さんと作ったの。私は上に並べた」


「全部自分でやったみたいに言うなよ」


「そこが大事なの!」


 ニルスと言い合う声を聞きながら、リシェはもう一口食べた。甘い果物と、端の香ばしい生地を一緒に噛む。


 何か言わなければと思ったが、口に出す前に胸が詰まった。


 ハンナが水を置いてくれる。リシェは飲み込んでから、皿へ目を落とした。


「誕生日って、こんなふうにするんですね」


 机の上が少し静かになった。


「毎年同じとは限らないけどね」


 ハンナは椅子へ座り直した。


「好きなものを食べたり、おめでとうと言ったり。大きくなったねって、話したりするんだよ」


「何かできるようにならなくても?」


「もちろん」


 リリがすぐに答えた。


「十一歳になったんだもの」


 その言い方には、ほかの理由が必要だという様子がなかった。


 隣で、ゼフィが静かに言った。


「この一年を過ごしてここにいる。それを喜んでもらっていいんだよ」


 リシェは返事をしようとして、やめた。代わりに菓子の皿を少し寄せ、もう一口食べた。


 今度は、ゆっくり味わった。


     *


「これ、使うか?」


 カイルが机の脇の包みを渡してきた。


 中には丈夫な革の手袋が入っていた。今のものより少し厚く、指先は動かしやすそうだった。


「外の仕事も増えるだろ。サイズが合わなかったら、替えに行こう」


 イネスからは新しいノートをもらった。


「仕事の記録は施設の紙に書くけど、君の発見は別に残したいだろうから」


 ゼフィは薄い本を差し出した。旅先でよく使われる地図の記号や、地形の見方が載っている。


「今度一緒に読もう」


 机の上へ置いていくと、リリが小さな紙を持ってきた。


 リシェと、銀白色のフィエルと、尾の長い赤い鳥が描かれていた。


「ニルスも描いたよ。フィエルの足」


「リリが六本にしたから直しただけだよ」


 リシェは絵を両手で持った。


「部屋に飾ってもいい?」


「そのために描いたんだよ!」


 リリが笑い、リシェも笑った。


     *


 帰る前に、柱の前へ立った。


 靴を脱ぎ、背中をつける。ブルーノが頭へ平らな板を当て、ニルスが脇へ印をつけた。


「できた」


 離れて振り返ると、新しい線の横に名前が書いてあった。


 リシェ、十一歳。


 リリの印より上で、ニルスよりはまだ下だった。


「来年また測ろうね」


「もっと伸びるかな」


「私も伸びるから、追いつくかもしれないよ」


 リリが自分の頭を押さえた。


 リシェは柱の名前へ指を添えてから、みんなに礼を言った。


     *


 施設へ戻る道は、ゼフィが一緒だった。


 新しいノートと本を鞄へ入れ、手には絵の包みを持っている。フィエルは隣を歩き、ロギは肩の上で静かにしていた。


「先生」


「うん?」


「来年も、あの日になったら言っていいんですか?」


「もちろん。今度は私も覚えておくよ」


 リシェは包みを持ち直した。


 生まれた日のことは知らない。孤児院で決められた日付だということも変わらない。


 でも、春の第2月15日を来年は忘れずに伝えようと思った。


 部屋へ戻ると、まず絵を広げた。机の正面に立てかけ、少し離れて見る。


 ロギが棚へ移り、首を傾けた。


「僕の尾、長いね」


「本当に長いでしょう」


「うん。よく描けてる」


 フィエルも机へ鼻を近づけようとしたので、リシェは抱き上げて見せた。


「フィエルもいるよ」


 絵の中の銀白色の体を指す。鼻先が紙へ触れる前に少し離すと、フィエルはリシェの頬へ顔を寄せた。


 温かさを感じながら、もう一度絵を見る。


 三人とも、笑っているように描かれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。