↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の瞳に映る世界  作者: 夏椿
出会いがひらく世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/97

第八十一話 凍った水路


「ちびっこ、午後は空いてる?」


 配達の報告を終えたリシェに、カイルが声をかけた。上着の肩には、まだ雪が残っている。


「施設へ戻るつもりです。どうしたんですか?」

「ゼフィリスさんが来たら依頼を相談しようと思って。お前にも手伝えそうなんだ」


 机に置かれた紙を見せてもらった。


 街外れの作業場で、水路の流れが止まっている。水が溜まり仕事に使えなくなったため、詰まった場所を調べて取り除いてほしいという依頼だった。


「水路の掃除ですか?」

「原因が分かればな。雪が降ったあとから流れなくなったらしい」


 窓の外を見た。日向の雪は薄くなっていたが、日陰にはまだ白いものが残っている。


「イネスさんに予定を聞かないと」

「じゃあ先に戻ろう。最近の話も聞かせて」


 立ち上がったカイルの上着へ、ロギが肩から飛び移った。


「お前も来るのか」


 赤い鳥が首元の紐をつつく。


「それは抜くなよ」


 笑って、依頼票を返した。


     *


 出発は翌朝になった。


 ゼフィが依頼の内容を確かめ、リシェは調査の補助として参加することになった。午後には施設へ戻る予定だった。


 フィエルも一緒だった。街を出ると鞄から下り、雪の薄いところを選んで歩く。以前より脚が伸び、リシェの歩みに合わせるのも上手になっていた。


「今日は留守番じゃないんだな」


 カイルの声に、フィエルが耳を動かした。背には小さくなったロギが乗っている。


「訓練どう?」


 ゼフィへ尋ねる。


「狙う前に待てるようになってきたよ。相手の動きも、よく見ている」

「ちびっこは?」

「私も練習しています。小さい炎なら飛ばせるようになりました」


 カイルが顔を向けた。


「火を使えるようになったのか?」

「はい。精霊の力を借りています」

「へえ。ゼフィリスさんに教わってるんだな」

「先生と……精霊にも教えてもらっています」


 ロギの名前は出さなかった。


 カイルが頷いた。


「どのくらい飛ぶ?」

「まだ近くだけです。外すこともあります」

「当てたときの話もしろよ」


 少し考えた。


「近くなら前より当たります」

「そうそう。それも大事だろ」


『僕の教え方の話は、しなかったね』


 ロギの声に、心の中で返した。


『今は内緒でしょう』

『うん。分かってるよ』


 赤い鳥はフィエルの背で羽を整えた。


     *


 作業場の裏には、細い水路が通っていた。木材の積まれた場所を抜け、石で囲まれた溝へ案内される。


 水はほとんど動いていなかった。


 持ち主の男性が上流を指した。


「あの曲がり角の先で、止まっていると思うんだ。昨日は手前を掻き出したが変わらなくてね」


 水際には、取り除いた泥と落ち葉が積まれていた。


 カイルがしゃがんだ。


「氷は?」

「薄いところは割った。だが奥まで手が届かない」


 水路に沿って歩き、周囲を確かめたゼフィが言った。


「まず上流から見よう」


 ノートを出し、作業場と曲がり角の位置を描いた。水路は途中で石の下へ入り、短い距離を流れて、また外へ出る造りだった。


 その入口に枝と枯れ葉が引っかかっている。


 用意してもらった長い棒をカイルが差し入れると、枝が一本動いた。その下には氷があった。


「固まってるな」


 棒の先で押しても、枝は抜けなかった。


 リシェも少し離れたところから覗いた。枯れ葉の向こうに、布のようなものが見える。


「何か絡まっています」


 顔を近づけた持ち主が言った。


「袋か……。上流から流れてきたのかもしれない」


 カイルが棒を引いた。


「無理に押し込んだら、もっと奥で詰まりそうだ」


 行き場をなくした水が、低いところへ溢れ始めていた。


     *


 上を覆う石板を外せば、手が届くかもしれない。


 端を確かめたカイルがすぐに首を振った。


「これを動かすなら、道具と人数がいるな」


 入口へ戻って氷の厚さを見たゼフィが、リシェへ顔を向けた。


「君の炎で手前の氷を少し緩められるかな」

「ここに当てるんですか?」

「うん。ただ布や枝を燃やさないようにしたい。できそう?」


 距離を見た。練習で使っていた的より近い。でも、狙う場所は狭かった。


「近くなら試してみたいです」

「分かった、まず一度。難しければ別の方法にしよう」


 ゼフィが立つ位置を示した。カイルがフィエルを呼び、少し下がる。


 その背から飛んだロギが、リシェの肩へ戻った。赤い鳥の姿のままだった。


『石を狙うときより、少し下だね』

『うん』


 滑らないところへ両足を置き、片手を上げた。


『ロギ。力を貸して』

『いいよ』


 小さな炎が生まれた。形を保ち、入口の端へ意識を向ける。


 炎が手元を離れた。


 赤い光が石の縁へ触れ、消える。


 少し上だった。


「外しました」

「うん。狙った場所より上だったね」


 ゼフィの言葉に、もう一度氷を見た。


 枝ではない。

 白く固まった、その手前。


 息を整え、次の炎を生んだ。


     *


 今度は氷の端へ届いた。


 小さな音がして、水が一筋流れた。


「あ」


 カイルも身を寄せた。


「動いたな」


 棒を差し入れると、さっきより少し枝が揺れた。まだ抜けない。


 確認してから、ゼフィがリシェへ目を向けた。


「もう一度だけ同じところへできる?」

「はい」


 三度目の炎は、少し細くなった。それでも氷へ届き、水が滴る。


 カイルが棒で枝を引くと、今度は手前へずれた。


「よし。ここからは任せろ」


 手を下ろした。ほっとした途端、膝から力が抜けそうになり、ゼフィの手が肩を支えた。


「ここまでにしよう。少し休もうか」

「……はい」


 肩の上で、ロギが顔を覗き込んだ。


『二度、ちゃんと届いたよ』


 小さく頷いた。


 カイルが枝を外し、絡まった袋を引き寄せる。ゼフィに支えてもらいながら水路の脇へ下がった。


 最後の枯れ葉が取り除かれると、水が流れ始めた。濁ったものが押し出され、石の間を進んでいく。


 持ち主の男性が声を上げた。


「流れた!」


 リシェも顔を上げた。


 氷はまだ残っている。でも、水はその間を通っていた。


     *


「下流も確かめてくる」


 濡れた袋を置き、カイルが言った。


「流れた枝が別のところに引っかかってるかもしれない」


 持ち主が水路の続く先を示した。木立を抜けた向こうでもう一か所、石の下を通っているという。


 ゼフィがリシェへ目を向けた。


「私はこの子を作業場へ戻してくるよ」

「分かった。フィエルも来る?」


 カイルの声に、銀白色の耳が立った。フィエルはリシェのそばへ寄ってから、水路の先を見た。


 リシェはしゃがんで、その背を撫でた。


「行っておいで。私は先生と休んでるから」


 手へ鼻を押しつけたフィエルが、カイルを追って木立へ向かった。


 ロギは肩に残った。


     *


 作業場では、火の入った暖炉のそばへ座らせてもらえた。ゼフィが渡してくれた水の器を、両手で持った。


「思ったより疲れました」

「狙いを変えながら、続けて使ったからね」

「でも氷が溶けました」

「うん。役に立ったね」


 ゼフィが頷いた。


 器へ目を落とした。


 的の石に当てるのとは違った。失敗したら、そこにある枝や袋を燃やしてしまうかもしれない。それを考えると、腕も肩も固くなった。


 次はもう少し落ち着いてできるだろうか。


 暖炉の音を聞きながら休んでいると、扉が開いた。


「戻ったぞ」


 カイルだった。その足元からフィエルが駆けてきた。


「おかえり」


 手を伸ばすと、膝へ前脚をかけてきた。毛が少し濡れている。


 そして、強い誇らしさが伝わってきた。


「何かあったの?」

「こいつに助けられた」


 カイルが見せた上着の袖には泥がつき、肘の辺りが擦れていた。


     *


 下流では、小さな枝が石の入口に引っかかっていた。カイルがそれを取り除こうとしたとき、奥から灰色の魔獣が飛び出したのだという。


「水が来て隠れていられなくなったんだろうな。俺が近づいたら、そのまま向かってきた」


 フィエルを見た。


「カイルさんを守ったの?」

「横からぶつかって止めてくれた。俺が体勢を戻すまで、相手も押さえてくれてさ」


 フィエルのそばへしゃがんだゼフィが、脚と体を確かめながら、カイルに動きを尋ねた。


「追いかけすぎなかった?」

「ああ。一度止まってた。相手が動いたところへ、もう一度入ったんだ」


 ゼフィが頷いた。


「練習したことを使えたんだね」


 フィエルの尾が揺れ、その喜びが胸へ届いた。


 間に合った。

 役に立てた。


 そういう気持ちが、はっきり分かった。


「頑張ったね」


 柔らかな背を撫でると、フィエルが手へ体を寄せた。


 カイルも隣へ腰を下ろした。


「ありがとうな」


 差し出された指へ、フィエルが鼻を近づけた。


     *


 持ち主の男性と流れを確かめ、報告に必要なことをまとめてから、三人は作業場を出た。水路では、水が石を越える音がしていた。


「お前の炎助かったよ」


 帰り道、カイルが言った。


「氷を少し溶かしただけです」

「その少しが欲しかったんだ。全部燃やされたら困るし」


 少し笑った。


 足元ではフィエルが歩いている。ロギがその背へ降りると、銀白色の尾と長い赤い尾羽が、一緒に揺れた。


「南への護衛、受けることにした」


 カイルが続けた。


「三日後に出る。戻るまで少しかかるかな」

「気をつけてください」

「そっちもな。次に会ったら炎はもっと飛ぶ?」

「練習します」

「フィエルも、また強くなってそうだ」


 呼ばれたように顔を上げたフィエルの隣を、カイルが笑って歩いた。


 指先には、もう炎の温かさは残っていない。それでも、氷へ届いた赤い光は、はっきり覚えていた。


 自分が休んでいた間に、フィエルも仲間のために動いた。


 帰ったら二人ともゆっくり休もう。


 歩幅を緩め、フィエルの歩く速さに合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。