第六十二話 道の途中で見つけるもの
「ギルドから?」
差し出された封書を見て、トーマがリシェの顔を見た。
「頼まれてきたんです。ここに、受け取った印をお願いします」
「分かった。……あれ、今日は休みでしたよね?」
「これは冒険者ギルドの仕事です」
トーマの手が止まった。
「冒険者?」
新しい登録証を見せると、刻まれたFの文字へ目を落とし、笑った。
「じゃあ、ちゃんと受け取らないと」
控えに必要なことを書いてもらい、紙を確かめた。封書は届けた。受け取ったことも、書いてある。
ギルドへ戻って控えと登録証を出すと、アリサが記録を確かめ、報酬を渡してくれた。
「これで完了。お疲れさま」
初めての仕事は、採集よりずっと短い時間で終わった。それでも、台に置かれた銅貨を受け取るときの緊張は同じだった。
*
それからリシェは、施設の仕事の合間に街の依頼をいくつか受けた。
届け先が分からず、店で道を尋ねた日もある。運ぶ品の重さを確かめてから、断った仕事もあった。手続きにも慣れ、受付へ行くと先に登録証を取り出すようになった。
何度かギルドへ顔を出した頃、ゼフィとの予定が合った。
初めて一緒に受ける街外の依頼は、近郊の小道の確認だった。林の縁を通る道で、荷車の通りにくい場所があるという。街側からどこまで使えるかを調べ、障害物や地面の状態を報告する。
出発前、アリサが地図に指を置いた。
「今回はここまで。先の道は別の人が調べるわ」
「はい」
示された場所を見た。小さな橋が目印だった。
ゼフィも依頼票を読み、確認を済ませた。
「昼過ぎには戻れると思う。状況が変わったら引き返すよ」
「お願いします」
頷いてから、アリサがリシェへ向き直った。
「見るのは道。気になる植物があっても、今日は依頼の方を優先してね」
「はい」
少し照れながら返事をした。
*
街を出ると、フィエルを鞄から下ろした。乾いた道を、銀白色の足が軽く進む。少し先まで行っては振り返り、リシェが追いつくとまた歩き出した。
ゼフィは歩く速さを上げず、隣にいた。
「今日は何を書けばいいと思う?」
尋ねられ、ノートを開いた。
「道が狭くなっているところと、ぬかるんでいるところです。それから、倒れた木があれば」
「うん。通る人が報告を読んで準備できるといいね」
道を見た。人なら歩ける。けれど、荷車が通れるかは、同じようには考えられなかった。
「荷車って、どのくらいの幅ですか?」
「この道を使うものなら、だいたいこのくらいかな」
手で示された幅と、目の前の道を見比べた。両側の草は伸びているが、車輪の跡は続いている。
しばらく進むと、道の片側が暗くなった。張り出した枝の下に、小さな水たまりが残っていた。
しゃがんで見ると、表面だけではなく、土も柔らかそうだった。
「ここは書いた方がいいですよね」
「どう書こうか」
「水たまりがある、と……」
言いかけて、イネスとの記録を思い出した。それだけでは、どのくらいなのか分からない。
立ち上がり、水たまりの端を見た。
「道の左側です。こっちの端から、ここまで」
「右側には、車輪を通せそう?」
少し離れて見た。乾いた部分はある。けれど、そのすぐ脇には溝があった。
「一人で歩くなら通れます。でも、荷車は……分かりません」
「では幅も残そう。あとで判断できるようにね」
ゼフィに手伝ってもらい、通れる部分を確かめた。位置は、手前の分かれ道からどのくらい進んだかも書く。
作業室で鉢を見ていたときと同じだった。見つけたものを、自分の中だけで分かっていても仕事にはならない。
*
小さな橋の手前で、道が塞がれていた。
折れた太い枝が、斜めに横たわっている。葉はまだ青く、脇の木にも折れた跡があった。
足を止め、枝へ近づきかけたフィエルを呼び戻した。
「ここは通れませんね」
「人は跨げるけど、荷車は難しいね」
頭上を見上げたゼフィにつられて、顔を上げた。枝が折れたところより上にもう一本、裂けた枝が残っていた。片側だけでつながり、下へ傾いている。
「木の下には入らないで」
声が短くなった。
すぐにフィエルを抱き、道を戻った。ゼフィも安全なところまで離れてから、木と周囲を確かめた。
「落ちている枝だけなら、動かせるかと思いました」
「上から落ちてくるものがあると、片づける人も危ない。そこまで知らせよう」
ノートへ書き込んだ。
橋の手前に、道を塞ぐ枝。
その上にも折れかけた枝がある。
書き終えてから、尋ねた。
「ゼフィさんなら、片づけられますか?」
「できると思うよ。でも今日は先に報告しよう。通りかかる人への注意や、作業する間の見張りも必要だからね」
木を見た。動かせる人がいれば、それだけで済むわけではなかった。
ゼフィが地図を開いた。
「橋はここ。予定の範囲まで来たね」
「はい」
「では、戻りながら記録を確かめよう」
*
帰り道、リシェのノートを見ながら、ゼフィが尋ねた。
「最初の水たまりは、どこにあった?」
「分かれ道の先です」
「分かれ道は二つあったね」
ページを見た。最初の方か、次の方かを書いていない。
「あ……」
「今なら戻って確かめられる」
立ち止まり、来た道を見た。
記録を直し、目印の木も書き添えた。最後に読み返すと、行きに書いたものより、道の様子を思い浮かべやすくなっていた。
「報告って難しいですね」
「最初から全部は書けないよ。次に見るところが分かれば、今日の経験が役に立つ」
ゼフィが笑った。
「私もギルドで聞き直されたことがある」
「ゼフィさんも?」
「何度も」
少し驚いた。知っていることが多い人にも、初めての仕事があったのだ。
腕の中でフィエルが身じろぎした。安全な場所へ下ろすと、すぐに歩き始めた。ノートをしまい、その後を追った。
*
ギルドへ戻ると、アリサが報告を読み、地図の上へ印をつけた。
水たまりの位置。道を塞いだ枝。
その上に残る、落ちそうな枝。
「こちらは早めに対応が必要ね」
近くの職員へ声をかけ、紙を渡した。リシェが見ている間に、別の仕事が動き始めた。
「ちゃんと位置が分かる。これなら次の人も探さずに済むわ」
アリサの言葉に、胸の奥が温かくなった。
ゼフィが教えてくれなければ、書けなかったこともある。それでも、自分が見て書いたものが誰かの役に立つ。
登録証を出し、依頼の完了を確かめてもらったところで、背後から声がした。
「それ、東の小道?」
振り返ると、猫の耳を持つ青年が立っていた。獣人だ。
リシェの視線に気づき、耳が少し動いた。
「さっきあっちの農家から戻ってきたんだ。道が使えないって聞いたけど、そんなことになってたのか」
「橋の手前です。上にも落ちそうな枝がありました」
「じゃあ、荷車で行かなくてよかったな」
地図を覗き込んだ青年が、ゼフィへ顔を向けた。
「ゼフィさんが調べたの?」
「今日はこちらが記録を担当したんだ」
リシェを示され、青年が眉を上げた。
「へえ。冒険者?」
「はい。まだFです」
「俺はカイル。Cランク」
自分を指し、笑う。
「よろしく」
「リシェです。こちらはフィエル」
鞄から顔を出したフィエルに、カイルが少し身をかがめた。
「お前も一緒に調べてきたの?」
フィエルの耳が前を向いた。
「歩いてました」
「それも大事だ。歩かなきゃ着かないもんな」
リシェの答えに笑っていると、アリサが声をかけた。
「カイル。こちらへ来たなら、あなたも先に報告を済ませて」
「今しようと思ってたところ」
「さっきも聞いたわ」
肩をすくめて隣の窓口へ移るカイルに、小さく笑ってから報酬を受け取った。
今日は素材を一つも持ち帰っていない。
持って帰ったのは、道の様子を書いた紙だった。その紙は今、ギルドの人の手に渡っている。
財布をしまい、ゼフィを見上げた。
「また、こういう仕事もしてみたいです」
「うん。次は、どこを確かめればいいか考えながら歩けそうだね」
「はい」
ギルドを出る前に、掲示板へ目を向けた。
依頼の紙の向こうに、実際の道や、そこで困っている人がいる。
今度は前より少し、その姿を想像できた。




