第六十一話 依頼の向こう側
冒険者ギルドへ向かう途中、ゼフィは何度か声をかけられた。
店先の男が手を上げ、すれ違った女性が足を止める。短く挨拶を交わして歩き出すたびに、リシェはその顔を見上げた。
「知っている方が多いんですね」
「何度も来ているからね。仕事で一緒になった人もいるよ」
答えたところで、向こうからまた声がした。
「ゼフィリス!」
荷物を背負った男が近づいてくる。
「戻ってたのか。ギルドで名前を聞いたぞ」
「少し前にね。君はこれから出発?」
「ああ。今度こそ晴れていてほしい」
空を見てから、男がリシェに気づいた。
「連れか?」
「今日はギルドを見に行くところなんだ」
「そうか。じゃあ気をつけてな」
男を見送り、鞄を抱え直した。口からフィエルの顔がのぞいている。
ゼフィには、この街で過ごした時間がたくさんある。自分もいつか、道を歩いているだけで知っている人に会うようになるのだろうか。
「あそこだよ」
示された建物の入口では、二人の冒険者が荷物を下ろしていた。一人が肩を回し、もう一人が扉を押さえている。
ゼフィに続いて中へ入った。
*
最初に目に入ったのは、紙で埋まった大きな掲示板だった。その前で何人かが相談している。
奥の窓口では、泥のついた靴の男が職員へ何かを説明していた。台には紐で口を縛った袋が置かれ、中から硬そうな曲がった角が取り出された。
「討伐した相手を確かめるための品だよ」
ゼフィが小声で言った。
「全部を持ち帰るのは難しいから、依頼ごとに必要な部分が決められているんだ」
角を見てから、掲示板へ向かった。
荷物の配達。
倉庫の片づけ。
畑を荒らす小動物への対応。
その上には、数日かかる護衛の依頼もあった。
「街の中の仕事もあるんですね」
「あるよ。新しく登録した人は、そういう仕事から始めることが多い」
一枚の紙を示し、ゼフィが続けた。
「これは研究施設に届いた植物の話に近いかな」
森の奥の水辺を調べ、指定された植物が生えているか確かめる依頼だった。見つかった場合には、標本を持ち帰る。
採る量は少ない。その代わり、場所や道の状態について詳しい報告が求められていた。
続きを読んだ。
周辺に魔獣の目撃情報がある。
街道から離れた場所へ入るため、野外での対応経験が必要。
「採集者ギルドでも、素材を集める仕事はありますけど……これは、探しに行くところからなんですね」
「そう。目的地へたどり着いて、調べて戻るまでが仕事になる」
採集者ギルドにも、植物以外の素材を納める人がいた。樹脂を入れた器や、選り分けた石の袋。隣で木の実を広げていた人もいた。
ここにも素材を集める依頼はある。同じものを手に入れるにしても、その途中で必要になる仕事が違うのだ。
依頼票の下に書かれた文字を指した。
「この、Dというのは?」
「依頼を受けられる冒険者のランクだよ」
もう一枚を見ると、そちらにはCと書いてあった。配達の依頼にはFがついている。
「採集者ギルドの登録証には、ありませんでした」
「採集の仕事は、経験や納めた品物を見て任せてもらうね。冒険者の仕事は内容が広いから、どこまで任せられるかの目安があるんだ」
トビアスにも、何を採ったことがあるか尋ねられた。傷んだ葉を見分けられるか確かめてもらってから、近くの林の依頼を教えてもらったのだった。
「強い人ほど上なんですか?」
「強さも関係する。でもそれだけではないよ」
護衛の依頼へ目を向け、ゼフィが言った。
「戦える人でも、守る相手を置いて追いかけてしまったら護衛は任せられないだろう?」
商隊に狼が来た夜を思い出した。護衛たちはそれぞれの場所で動いていた。自分とエリオは、言われたところで待っていた。
「何をする仕事なのか、分かっていないとだめなんですね」
「うん。判断や報告も仕事のうちだからね」
そのとき、受付から声が飛んだ。
「ゼフィリスさん。報告書を先に確認していただけますか?」
*
受付へ近づいたゼフィに、女性が一枚の紙を差し出した。
「直すところがあれば、お願いします。それから滞在先を」
「ポルテだよ」
「登録証もお預かりします」
取り出されたのは、小さな金属製の登録証だった。女性が番号を確かめ、手元の記録に目を通してから返した。
リシェも採集者ギルドの登録証を持っている。でも、今見えたものは紋章が違った。
女性がこちらへ目を向けた。
「そちらは?」
「リシェ。冒険者の仕事に興味があるそうで、見に来たんだ」
「リシェです」
「私は受付のアリサ。依頼は見られた?」
「はい。いろいろあって、驚きました」
「得意なことが違う人たちが働いているからね。登録も考えているの?」
「私でも、できるんですか?」
「何歳?」
「十歳です」
「それなら、条件つきで登録できるわ」
登録用の紙を出し、アリサが説明を始めた。
「最初はFランク。街の雑務や配達などから始めるの」
背筋を伸ばした。できないと言われることも、少し考えていた。
「ただし、一人で街の外の依頼へ行くことは認められない。ギルドが認める成人冒険者の同行が必要よ」
「一緒に行く人がいれば、どの依頼でもいいんですか?」
「いいえ。あなた自身ができることも確かめる。高ランクの人についていけば、同じ仕事を受けられるわけではないの」
頷くと、隣でゼフィが報告書を返した。
「アリサ。最初の街外の仕事は私が同行できるよ。内容を相談して決めたい」
「分かりました。ただリシェさんの参加できる範囲は、こちらで確認します」
「もちろん」
ゼフィを見上げた。
「いいんですか?」
「君がやってみたいならね。道の見方や報告の仕方も教えられると思う」
「やってみたいです」
「では、今の経験を聞かせてね」
アリサの言葉に、財布から採集者ギルドの登録証を取り出した。
「こちらで、採集の仕事をしています」
名前と発行ギルドを確かめ、アリサが言った。
「オルテンで登録したのね」
「はい。薬草を採って納めていました。この街でも、少しずつ」
話し始めたところで、背後から低い声がした。
「新人を連れてきたのか、ゼフィリス」
がっしりした男が立っていた。
「バルド。今、登録の相談をしているところだよ」
リシェを見た男が、近くの椅子を引いた。
「俺はここのギルドマスターだ。少し聞いてもいいか?」
「はい」
*
採集者ギルドで働いていると聞くと、バルドが頷いた。
「採ったものを納めるところまでは知ってるんだな」
「はい。この街ではまだ始めたばかりです」
「分からないものを見つけたら?」
「確かめるまで採りません」
「道が分からなくなったら?」
一瞬、言葉が止まった。
森の白い幹。見えなくなった帰り道。
バルドは答えを待っていた。
「……前に、迷ったことがあります」
膝の上で手を重ねた。
「決められた範囲を越えてしまって。戻ろうとしたときに、方向が分からなくなりました」
「それで?」
「動かずに呼びました。護衛の方が見つけてくれました」
しばらくリシェを見てから、バルドが言った。
「越えたのはよくなかったな」
「はい」
「だが、ここで隠さなかったのはいい」
大きな手が机の端に置かれた。
「できないことをできると言われると、任せる仕事を間違える。分からないときは聞いてくれ」
頷いた。
「登録したからって、明日から魔獣を倒してこいとは言わん。まずは街の仕事と、同行者のいる近郊の依頼だ」
バルドが立ち上がったところで、気になっていたことを尋ねた。
「ゼフィさんは何ランクなんですか?」
「Aだ」
バルドの答えに、ゼフィを見た。さっきアリサに教えてもらった順番では、Aの上にはSしかなかった。
「この街じゃ顔を知ってる冒険者も多い。いい相手に話を聞けたな」
「バルド」
少し困ったように笑い、ゼフィが言った。
「まだ、私の話はあまりしていないんだ」
「これから聞けばいい」
リシェへ頷いて、バルドが奥へ戻っていった。
アリサが登録用の紙を前へ置いた。
「今日は説明だけでも構わないわ。どうする?」
掲示板を振り返った。
知らない地名がある。見たことのない素材の名前も、まだ意味の分からない仕事もある。
今の自分には、できないことの方が多い。
それでも始められる仕事があった。
「登録したいです」
差し出された筆を受け取り、名前の欄へ、リシェ、と書いた。
*
いくつかの確認を終え、登録証の用意を待つ間に、もう一度掲示板を見た。
今度はFランクの依頼を探す。倉庫の片づけは、運ぶ荷物が重そうだった。道具の運搬も、一人では難しいかもしれない。
指が止まったのは、封書を届ける仕事だった。
届け先は植物研究施設。
「あ」
横からゼフィが覗いた。
「戻る場所だね」
「これなら道が分かります」
「依頼の中身も読んでみよう」
最後まで読んだ。指定された相手へ封書を渡し、受け取ったことを示す控えを持ち帰る。
「届けたら終わりではないんですね」
「そう。渡したことをギルドにも知らせる必要がある」
受付へ戻ると、アリサが小さな登録証を台に置いた。
「できたわ。名前を確かめて」
手に取ると、金属のひんやりした感触がした。名前と登録番号、アルセインの冒険者ギルドを示す刻印。そのそばに、Fの文字がある。
「間違いありません」
「依頼を受けるときと、報告するときに見せてね。なくしたらすぐに知らせること」
「はい」
「ランクが上がればここも更新するわ」
アリサがFの刻印を指した。
採集者ギルドの登録証も取り出し、二つを見た。
片方には、ランクがない。
どちらにも自分の名前がある。
採集者の仕事を続けながら、冒険者としても働く。そのことが、二つの登録証を持つとはっきりした形になった。
財布へしまいかけて、新しい方だけを手元に残した。
「あの。この依頼を受けたいです」
選んだ依頼票と一緒に差し出すと、アリサが確かめた。
「封書の配達ね。届け先へは行ったことがある?」
「今、ここに住んでいます」
「それなら道は分かるわね」
封書と控えの紙を受け取り、鞄へしまった。フィエルが鼻を寄せてきたので、そちらとは分けて、折れない場所へ入れた。
外へ出ると、午後の通りはまだ賑やかだった。
「一人で届けられそう?」
ゼフィに尋ねられ、頷いた。
「受け取ってもらって、控えを持って戻ります」
「うん。私はここでもう少し用事を済ませるよ」
「今日はありがとうございました」
「また仕事の話を聞かせてね」
ギルドの前で別れ、歩き出した。
行き先はいつもの研究施設。
でも今日は、帰る前に果たす仕事がある。
財布の中の登録証と、鞄の中の封書を確かめてから、見慣れた角を曲がった。




