第四十八話 見つけるまでの時間
草の間を覗き込んでいたエリオが、急に立ち止まった。
「これじゃない?」
指さした先に、細長い葉が伸びている。隣へしゃがみ、葉のつき方を見た。
「違うと思う」
「また?」
エリオの肩が落ちた。
商隊が出発して、四日目の午後。
少し長めの休憩になり、リシェとエリオは許された範囲で食用になる草を探していた。
エリオは昨日、リシェに見せてもらった葉を覚えていたつもりだった。でも、似たものを見つけるたびに呼んでも、リシェは首を振る。
「こっちは葉の縁が少しぎざぎざしてる」
顔を近づけたエリオが、葉を確かめる。
「ああ、ほんとだ」
「昨日のはもっと滑らかだったよ」
「遠くからだと同じに見えたのに」
膝についた草を払い、エリオが立ち上がった。
リシェはすぐには立たず、足元の葉をもう一度眺めた。見たことがある気もしたが、名前は思い出せない。あとで本を確かめようと思い、周りの草より少し硬い葉と、細かなぎざぎざを覚えておいた。
「こっちは?」
数歩先からまた呼ばれ、顔を上げると、今度は幅の広い葉を指していた。
「それは全然違うよ」
「いや、これは分かってた」
「本当に?」
「分かってたって」
目を逸らすエリオに、リシェは笑った。
その向こうでルークがほかの護衛と話していた。昼食のあと、狩りに出る人がいると聞いていた。商隊を守る人を残し、数人だけで行くらしい。
エリオも気づいて、そちらを見た。
「何か獲れるかな」
「いつも獲れるわけじゃないよ」
近づいてきたルークが答えた。
「獲れなかったら?」
「今日は、積んである食料を食べる」
「肉がいい」
「俺もそう思うが、向こうが都合よく出てきてくれるとは限らないからな」
笑ってから、二人の手元を見る。
「そっちはどうだ?」
「まだ何も。草ならいっぱいあるのに」
「全部食べられたら楽なんだけどね」
リシェの言葉に、ルークが頷いた。
「分からないものは採らない。それでいい」
それから、街道側に並んだ馬車と、草地の端の倒木を指した。
「今日はあの倒れた木より向こうへは行かないこと。馬車の方から声がかかったら、すぐ戻るんだぞ」
「うん」
「はい」
二人の返事を聞き、ルークが仲間のもとへ戻っていった。
倒木を確かめた。太い幹が地面に横たわり、枝の先が草に埋もれている。その向こうは木が増え、足元も見えにくそうだった。
まだ、そこまで行かなくても探せる場所はある。
鞄を置いた木陰へ戻ると、フィエルが布の上で体を起こしていた。
「少し待っててね」
しゃがんで額を撫でると、鞄の縁へ前脚を掛けてきた。外へ出たそうだった。
周りを見ると、地面は乾いていて、小石も少ない。鞄を倒れないよう横に寝かせ、口を広げた。
鼻先で縁を確かめたフィエルが、前脚を地面へ下ろす。
続いて後ろ脚。
手を添えかけたが、フィエルは自分で立った。
「大丈夫?」
銀白色の小さな体が、ゆっくり一歩進む。怪我をした方の脚をまだ少しかばっているが、すぐに座り込むことはなかった。
「歩けるようになってきたな」
隣へ来たエリオがしゃがんだ。
「うん」
嬉しくなったが、次の一歩を踏み出すまで黙って見ていた。急がせたくなかった。
近くの草へ鼻を寄せたフィエルが、こちらを振り返る。手を差し出すと、その指へ頬を擦りつけた。
「今日は少しだけにしようね」
しばらく木陰を歩かせてから鞄へ戻すと、一度外を見たものの、布の上に落ち着いた。水を飲めるようにして、また草地へ向かった。
エリオはすでに次の葉を探していた。今度は遠くから呼ばず、自分でしゃがみ込んでいる。
「縁はぎざぎざしてない」
リシェが近づくと、顔を上げた。
「でも葉が違うところから出てる」
確かに、葉の形は似ていた。でも昨日見たものとは、茎につく位置が違う。
「うん。そこも見るんだよ」
「葉の形だけ覚えてた」
エリオが草から手を離すと、リシェはその隣の低い草へ目を向けた。葉が少し違って見える。先の方は見覚えがあるのに、下の葉はずっと小さい。
「これも違うのかな」
「リシェも分からない?」
「うん。似てるんだけど」
採ってしまう前にもう少しよく見ようと、周囲の草をそっと避けた。エリオも一緒に覗き込み、二人の影が葉の上に落ちる。
「少し横から見てみるといい」
声に振り向くと、ゼフィが立っていた。
場所を空けると、しゃがんで葉には触れずに茎の下を示した。
「ここの葉と上の葉を比べて」
言われたとおり、視線を動かした。下の葉は小さくて丸みがある。上へ行くほど長くなり、昨日見た形に近づいていた。
「あ……」
「育つ途中では、葉の形が違うこともある」
ゼフィの言葉に、本の挿絵を思い浮かべた。そこには、もっと大きく育った姿が描かれていた。
「同じ草でも、まだ小さいと違って見えるんですね」
「そう。だから一枚だけで決めない方がいい」
先ほど自分で確かめた草を振り返り、エリオが言った。
「見るところ、いっぱいあるな」
「うん」
知っている植物なら見つけられると思っていたのに、思っていたより難しい。さっきまで違うかもしれないと思っていた葉が、今は成長の途中にある葉に見える。
もう一度見るだけで、気づくことが増えるのが面白かった。
「これは採ってもいいですか?」
尋ねると、ゼフィが草の周りを見た。
「今日はこれより育ったものを探そう。ここにはまだ小さいものが多い」
「はい」
避けていた草を戻すと、エリオもそばから立ち上がった。
「じゃあ大きいのを見つける」
「大きければ何でもいいわけじゃないよ」
「それは分かってる」
今度はすぐに返ってきたので、リシェは笑った。
そのあと、二人は少し離れた場所で同じ形の葉を見つけた。リシェの膝ほどまで育った草が、幾つかまとまっている。
茎への葉のつき方を確かめ、表と裏から見た。そのたびに、エリオも一緒に顔を動かす。
「これなら?」
「うん。これは分かる」
少しほっとした。採る部分と残す部分をエリオに見せ、一度に取りすぎないよう、二人で少しずつ摘んだ。
手にした量は、小さなかごの底が隠れるほどだった。
「けっこう探したのに、これだけか」
かごを覗くエリオに尋ねた。
「もっと簡単だと思った?」
「うん」
摘んだ葉についた枯れ草を取り除いた。
「私も初めはそう思ったよ」
「そうなの?」
「知ってるものがあれば、すぐ採れると思ってた。でも見つからなかったり、傷んでいたりして」
エリオが草地を見回した。緑はいくらでもある。でも、かごへ入れられるものは、その中のほんの少しだった。
馬車の方から休憩の終わりを知らせる声がした。二人で顔を上げ、すぐに戻った。
フィエルの鞄を受け取り、採った葉を食事の支度をする人へ見せる。確かめてもらい、夕食に使えると聞くと、エリオが嬉しそうにリシェを見た。
荷物をまとめているところへ、ルークたちも戻ってきた。その手には獲物がなかった。
「駄目だった?」
「ああ。今日は空振りだ」
あっさり答えて水を受け取ったルークに、エリオが言った。
「もう少し探したら、いたかもしれないのに」
「かもしれないな」
「戻ってきちゃったんだ」
「出発の時間だからな。探し続けていたらアルセインへ着く前に食料を食べ切るぞ」
エリオが馬車を見た。御者はすでに席へ戻り、人々も乗り込む支度をしている。
「……そっか」
二人のかごに、ルークが目を留めた。
「そっちは見つかったんだな」
「少しだけ」
「十分。夕飯が楽しみだ」
そう言って笑い、護衛の持ち場へ向かった。
かごを渡したエリオが、自分の馬車へ戻りかけて、途中で振り返った。
「今夜、俺たちが採ったやつが入るんだよな?」
「うん」
「ちゃんと、どれか教えて」
「見れば分かると思うよ」
「煮たらまた形が変わるだろ」
少し考えた。確かに、それはそうだった。
「じゃあ、一緒に探そう」
頷いて馬車へ駆けていくエリオを見送り、リシェもゼフィに鞄を渡した。足元を確かめてから座席へ上がり、動き出す前にノートを開く。
急いで一行だけ書いた。
『同じ植物でも、小さいときは葉の形が違うことがある。』
その下へ、小さな葉と大きな葉を並べて描いた。線を引き終える頃、馬車がゆっくり進み始めた。
ノートを閉じ、荷物の間へしまった。
今夜の煮込みではエリオの方が、先に葉を見つけるかもしれない。
そう思うと、夕食の時間がいつもより少し待ち遠しかった。




