↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の瞳に映る世界  作者: 夏椿
出会いがひらく世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
112/119

第百十二話 花の向こうから


 セシルからの返事には、手紙が三通入っていた。


 一通はリシェへ、もう一通はイネスへ。残る小さな紙にはラルフが食卓の下からパンを盗み、フェリクスに叱られたと書かれていた。


「それ、お兄さんが書いたの?」


 向かいから覗き込んだリリへ紙を見せると、笑い声が上がった。


 ポルテの食堂は、昼の客が帰って静かになっていた。卓にはリシェが持ってきた手紙と、リリが選んでいる色紐が広がっている。


「忙しそうな人なのに、こういうことも書くんだね」

「はい。ラルフは叱られたあと、お腹を見せたそうです」

「ずるい。絶対許しちゃう」


 リリは青と緑の紐を並べ、しばらく悩んでから緑を取った。


「こっちにする」

「何を作るんですか?」

「腕に巻くやつ。編んで結ぶの」


 端を揃える手つきが、いつもより慎重だった。


「誰かにあげるんですか?」


 リリの指が止まる。


「……前に話した子」


 それだけで分かった。


「渡すんだね」

「まだ決めてない!上手にできたら!」


 声が大きくなり、奥からハンナが顔を出した。


「何が?」

「何でもない!」


 リシェは手紙を畳み、紐の端を押さえる役を引き受けた。


 何度かやり直すうちに、編み目が揃ってくる。リリは途中で投げ出さず、緩んだところを指先で戻していた。


「リシェは、これからもここに来るよね」


 編み目を見たまま、急に尋ねられた。


「来るよ」

「貴族の家の子になったから、忙しくなるのかと思った」

「前と同じです。研究室にも住んでいますし」


「でも、お屋敷にも行くんでしょ?」

「うん。また行きたい」


 リリは少し考え、紐を引き締めた。


「じゃあ帰ってきたら話してね。今度は犬の絵も描いてきて」


 犬なら描けるだろうか。


 ノートの端にラルフの顔を描いてみせると、リリはしばらく黙ったあと、耳の辺りを指した。


「ここ、もうちょっと犬にした方がいい」


     *


 数日後、街の中央通りに見慣れない旗が並んだ。


 白地に金の模様が入った細長い旗で、門から広場へ続く道に吊るされている。街灯の柱を拭く人、道へ張り出した荷物を運ぶ人が朝から行き来していた。


 研究室へ届いた苗を鉢へ移していると、イネスが封筒を片手に入ってきた。


「来週、国外の使節団が見学に来るって」

「ここへですか?」

「うん。いくつかの研究施設を回るらしいよ。その前に、顔合わせの席にも出てほしいって」


 手紙の続きを読み、眉を寄せる。


「食事もあるのか」

「嫌なんですか?」

「長いんだよね。食べ終わっても帰れないから」


 リシェは土を入れる手を止めた。


「作法、忘れていませんか?」

「私が?」

「セシルさんにお手紙で聞かれました。教えてもらっていますかって」


「……教えてるよね?」


 確かめるように言われ、リシェは頷いた。


 人を紹介された時の挨拶も、手紙の書き出しも教わった。まだ考えながらでないと出てこないが、イネスは間違えてもその場で直してくれる。


「じゃあ今日は私の練習に付き合って」


 手を洗い、上着を脱ぐと、イネスは戸口から入り直した。


 背筋を伸ばし、挨拶をする。そのまま相手がいるつもりで二言三言続ける姿に、リシェは持っていた鉢を置いた。


「どう?」

「いつもと声まで違います」

「いつもの声じゃ駄目みたいに言わないでよ」


 笑っているところへ、トーマが顔を出した。


「イネスさん、見学で見せるものを決めてほしいそうです。明日までに」

「明日?」


 差し出された紙を受け取り、今度こそ顔をしかめる。


「先にこっちを渡してよ」


     *


 使節団が街へ入る日は、ポルテの前も朝から落ち着かなかった。


 リリに誘われ、リシェも大通りへ出た。ニルスが人垣の薄い場所を見つけ、二人を呼んでくれる。


 やがて遠くで蹄が鳴り、白い旗を掲げた騎馬が現れた。


 続く馬車の扉には、通りの旗と同じ金の模様がある。沿道へ手を振る人もいれば、胸元へ手を当て、静かに頭を下げる人もいた。


「神殿の人も来てるんだって」


 ニルスが教えてくれた。


「祈る時ああするんだってさ」

「ニルス詳しいね」

「宿のお客さんが話してた」


 馬車の窓越しに、白い衣の袖が見えた。


 どれほど遠くから来たのだろう。途中にはどんな街があり、どんな森があるのだろう。


 リシェが爪先立ちになると、肩のロギも首を伸ばした。


『僕にも見せて』

『ロギは飛べるでしょう?』

『今は普通の鳥だから、ここにいる』


 最後尾が通り過ぎ、人垣がほどける。壁際で待っていたフィエルが、リシェの手へ鼻先を寄せた。


「お待たせ。帰ろうか」


 ニルスたちと別れる前に、リリが袖を引いた。


 掌の中に、緑の紐が小さく畳まれている。


「渡せた」


 囁かれて、リシェは目を見開いた。


「それは?」

「これは自分の。二つ作ったの」


 リリは手首へ巻いてみせ、すぐに袖の中へ隠した。


「内緒ね」


     *


 見学の日まで、研究室では机の置き場所が三度変わった。


 イネスは説明に使う鉢を選び、リシェは標本へ札をつける。机から溢れていた記録を棚へ戻すと、その奥から探していた定規が出てきた。


「ここにあったんだ」

「先週ずっと探していましたよね」

「片づけにも、いいことはあるね」


 午後にはエルネストが訪ねてきた。


 イネスへ薄い冊子を渡し、空いた机へ自分の資料を広げる。


「そちらも見学の準備ですか?」


 リシェが尋ねると、エルネストは頷いた。


「使節団に、魔獣に関する記録を扱う方がいるそうでね。こちらの研究も紹介することになった」

「ここで?」

「最初の挨拶は合同だよ。そのあと、それぞれ案内する」


 冊子には見学の順番が書かれていた。植物の研究だけでなく、街の水路や、魔道具を作る施設も回るらしい。


「向こうの研究の話も聞けるんですか?」

「そのつもりだよ。こちらが話して終わりでは、もったいないからね」


 エルネストは机の下へ目を向けた。


 フィエルが足元へ来て、靴の匂いを嗅いでいた。その背で、ロギが尾を持ち上げる。


「君たちも元気そうだ」


 屈んでフィエルの体つきを確かめ、背中を一度撫でた。


「リシェ、当日は少し時間を取れる?」

「はい」

「標本を運ぶのを手伝ってほしいんだ。説明を聞きたければ、そのままいてもいい」


「聞きたいです」


 思ったより早く返事が出た。


 エルネストは笑い、運んでもらう箱を指した。


「では、お願いしよう。ゼフィにも声をかけてある。向こうの方が、こちらの魔獣の生息域にも関心を持っているそうだから」


 リシェは箱の中を覗いた。


 羽、角、硬い鱗。図鑑でしか見たことのないものが、布を敷いた小箱へ収められていた。


 その一つを手に取ろうとして、先にエルネストを見る。


「触ってもいいですか?」

「そちらは大丈夫。ただ端が鋭いから気をつけて」


 掌へ載せた鱗は、見た目より軽かった。


「向こうにも、同じ魔獣がいるんでしょうか」

「それも聞いてみようか。こちらでは知られていない種類の話が聞けるかもしれない」


     *


 見学当日の朝、リシェは普段の仕事着に、汚れのない上着を合わせた。


 鏡の前で襟を直し、イネスに教わった挨拶を一度だけ口にする。


 机には、エルネストから借りた資料が置いてあった。昨夜、分からない名前を調べているうちに、予定より遅くまで起きてしまった。


 それでも眠くはなかった。


 資料を鞄へ収めると、フィエルが扉の前で立ち上がった。ロギはいつものように肩へ乗り、羽を整える。


『今日は君が話す日じゃないんだね』

『うん。たくさん聞きたい』


 廊下へ出ると、向こうからゼフィが歩いてきた。


「おはよう。準備はできた?」

「はい。先生は、その国へ行ったことがありますか?」

「まだないよ」


 少し意外で、隣を見上げた。


「じゃあ先生も初めて聞く話があるんですね」

「きっとあるね」


 玄関の方から、馬車が止まる音がした。


 エルネストに呼ばれ、リシェは標本の箱を持ち上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。