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蒼い空の先  作者: 白石 遼


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5/21

思い立ったが吉日

 透は図書館に毎日通い、コツコツと積み上げた大学単位147単位の半分76。そして、その単位を基に小学校2種免許を申請して、東京都から小学校教員免許2種を取得した。教師になる情報を得るため、その2種免許を持参して、東京都庁を訪れた。そして・・・

 東京都庁へ


 翌日、その免許状を鞄に入れ、十二月の師走に東京都庁へ向かった。思いついたら動く。得意の中央突破である。いつもの透の考えである。受付で声をかけた。

「あのー、教員採用の担当の方、いますか?」

 職員は怪訝そうに顔を上げた。

「……はあ?」

「実は、昨日、小学校教員免許を取得したんですが」

 透は鞄から書類を取り出しながら続けた。

「この後、教員になるには、どうしたらいいか教えていただきたくて来ました。よろしくお願いします」

 しばらくして、担当者が姿を現した。透は間髪入れず、前のめりに言った。

「やる気はあります。八丈島でも、父島でも、母島でも、どこでも行きます。よろしくお願いします」

 担当者は、最初こそ突然現れた若者を軽くあしらうつもりだった。だが、島へ行く――その言葉を聞いた瞬間、表情が変わった。離島勤務を自ら望む者など、この頃の教員は多くはなかった。担当者は透の手元の書類に目を落とし、少し身を乗り出した。

「……免許は、何を持っているのですか?」

「免許は、小学校二種だけです」

 透は、まっすぐに答えた。担当者は書類に目を落とし、事務的な口調で続けた。

「中学校免許はありますか?」

「いいえ、まだありません」

 一拍の間があった。

「そうでしたか。わかりました。それでは、また免許を取ったら来てください」

 それだけだった。面談というには、あまりにも短い時間だった。扉の外へ出た透は、都庁の長い廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。だが、不思議と落ち込んではいなかった。駄目なら次へ行く。道が閉じていれば、別の入口を探す。それが透のやり方だった。翌日、透は地元・福島へ向かった。東京で通じなかったなら、故郷で勝負する。そう決めると、動きは早かった。福島でも同じように、教育関係の窓口を訪ねて回った。

「やる気はあります」

「どこでも行けます」

「子どもたちのために働きたいんです」

 飾らない言葉だった。だが、透の声には、働きながら学び続けてきた者だけが持つ重みがあった。何となくではある。けれど、透は手応えを感じていた。冷たく追い返されてはいない。

話を聞く側の目が、東京とは少し違って見えた。


  相 談


 透は、何とか教員免許を取得した。だが、免許を手にしたからといって、すぐに教師になれるわけではない。このまま東京に残るべきか。それとも地元・福島へ戻り、勝負をかけるべきか。答えを出しかねていた透は、相談相手として真っ先に思い浮かんだ吉成さんを誘い、いつもの居酒屋へ向かった。

「忙しいところ、すみません」

「いいってことよ。滝口、良かったな。とりあえず教員免許が取れて」

「ありがとうございます」

 二人の前には、生ビールのジョッキが並んでいた。透は都庁へ行き、教師になりたいという思いを直接伝えてきたことを話した。

「この前、東京都庁に行ってきたんです。なんか、脈はありそうなんです」

「おう、それで?」

「その次の日、地元にも行って、同じように訴えてきたんです」

「おう、それで?」

 ちょうどその時、吉成さんが店員を呼び止めた。

「すみません。ビール、もう二本お願いします」

 透は思わず苦笑した。

「あの……ちゃんと聞いてくれてますか?」

「えっ、何だっけ?」

「はあ?」

 透があきれた顔をすると、吉成さんは声を上げて笑った。

「うそだよ。ちゃんと聞いてるって」

 そして、少し表情を引き締めて言った

「オレが思うに、福島へ行った方がいいな」

「何でですか?」

「理由は二つある」

 吉成さんは指を一本立てた。

「まず金銭面だ。東京暮らしは、とにかく何かと金がかかる。それが解消できる」

 続いて二本目の指を立てる。

「それから親御さんだ。近くに戻れば喜ぶだろうし、夢を追いながらでもじっくり待てる。だから福島だな」

 透は静かにうなずいた。確かに、その通りだった。いや、本当は答えなど最初から決まっていたのかもしれない。すると吉成さんがニヤリと笑った。

「どうせ、そのつもりだったんじゃねえか?」

 透も思わず笑った。

「はい。ありがとうございます。おかげでスッキリしました」

 人生の岐路に立った時、相談できる人がいる。それがどれほど心強いことなのか、透は改めて感じていた。生きていく上で、このように相談できる人がいることが、ありがたい。透は素直にそう思った。


  吉成さん


 ビールを飲みながら、透はふと思い出したように尋ねた。

「ところで吉成さん、最近、役者の方はどうなんですか?」

 吉成さんはジョッキを置き、苦笑した。

「まあ、ちょい役がチビチビある程度だな。現実は厳しいよ」

 そう言って、少し遠くを見るような目をした。

「滝口も聞いたことあるだろうけど、東京じゃ石を投げると役者に当たるって言うだろ?」

「はい」

「本当にその通りなんだ。役者希望なんて山ほどいる。その中でスポットライトを浴びられるのは、ほんの一握りだ」

 そして、自分を指差した。

「オレも、そのゴロゴロいる石の一人だよ」

 透は思わず笑った。だが、その言葉には冗談だけではない重みがあった。

「いつ諦めるかって、問題なんだよな。オレの仲間も随分と諦めて田舎に帰った。」

「才能だけの問題ではないんですね」

 すると吉成さんは首を横に振った。

「いや、才能だと思う」

 意外な答えだった。

「才能がないのが分からない人間が山ほどいるんだ。オレも、その一人かもしれないな」

 そう言いながらも、どこか吹っ切れたような表情だった。

「最近は脚本を書き始めたんだ」

「脚本ですか?」

「ああ。役者が無理なら、何か別の形で映画や芝居に関われないかなと思ってな」

 透はうなずいた。夢を追う人間は、一つの道が閉ざされても別の道を探す。それもまた才能なのかもしれない。

「売れるのは一握りですか」

「そうだな」

「大変な世界ですね」

 吉成さんは笑った。

「夢を追うってのは、何でも大変だよ」

 透は思った。きっと今この瞬間も、東京のどこかの飲み屋で、役者志望の若者たちが同じような話をしているのだろう。夢と現実の狭間で揺れながら。そう考えると、少しおかしかった。

その時だった。

「滝口、面白い話してやろうか」

「はい、お願いします」

 吉成さんはニヤリと笑った。

「実はこの前、救急車で運ばれたんだ」

「えっ!」

 透は思わず身を乗り出した。

「しかも二回目だ」

「大丈夫だったんですか?」

「ああ。誰が救急車呼んだと思う?」

「ご家族ですか?」

「オレだよ」

「自分で呼んだんですか?」

「とにかく腹が痛くてな」

 透は真面目な顔で聞いていたが、ふと疑問が浮かんだ。

「それで、どこが面白いんですか?」

 吉成さんは笑いながら続けた。

「さっき二回目って言っただろ?」

「はい」

「救急車で運ばれたら、また前と同じ病院だったんだ」

「えっ」

「しかも診てくれた医者まで同じだった」

 透は吹き出した。

「本当ですか?」

「医者もびっくりしてたよ。また来たんですかって顔してな」

「それはそうでしょう」

「オレだって、できれば違う病院が良かったよ。全く」

 そう言うと、吉成さんは豪快に笑った。

「ハハハハ」

 透もつられて笑った。

「笑い事じゃないですよ」

「ハハハハ」

 全く、この人は――。透は苦笑した。夢を追い続ける不器用さも、失敗談を笑い飛ばす豪快さも、全部ひっくるめて吉成さんらしい。そう思いながら、透はグラスを口に運んだ。

 そして、居酒屋を出た頃には、迷いはすっかり消えていた。透は福島へ戻ることを決断した。

教師になるという夢を胸に抱きながら、新しい一歩を踏み出すために。



 師匠である吉成さんへ相談し、透は人生の決断をする。地元で勝負を賭ける事を決め、東京を離れることにした。そして、これが・・、吉成さんとの・・

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