夏季スクーリングを受講
世の中には、いろんな見方をする人たちがいる。それを、主人公の滝口は夏季スクーリングで知ることになる。しかし、新しい仲間が・・・
夏季スクーリング
透は、次の年の夏季スクーリングを受講した。初めて大学で講義を受ける。講義が終わると、学生たちは一斉に教室を出始めた。夏の熱気が廊下にまで入り込み、窓の外では蝉の声が響いている。透はノートを片付けながら、どこか楽しい気分になっていた。
フランス語――。最初は不安だったが、実際に授業を受けてみると、イタリア語と共通する部分が多かった。
男性名詞、女性名詞。動詞の変化。発音の流れ。
「あっ、これ、イタリア語と同じ考え方だ」
そんな発見が次々にあった。もちろん、細かなスペルや発音は違う。だが、全く知らない言語を一から覚える感覚ではなかった。それが、透には妙に面白かった。教室を出ると、同じ講義を受けていた東北地方の女の子たちが声をかけてきた。青森の子たちだった。
「滝口さんって、なんでそんなに分かるんですか?」
「えっ?」
「先生の質問、普通に答えてたじゃないですか」
透は少し照れながら笑った。
「ああ、実はイタリア語を少しやってたから」
「ええっ!? イタリア語!?」
女の子たちが一斉に驚いた顔をする。
「なんかオシャレ!」
「えっ、なんでイタリア語なんですか?」
「留学とかですか?」
質問が一気に飛んできた。透は苦笑いしながら頭をかいた。
「いや、そんな大したもんじゃないよ」
すると一人の女の子が興味津々の顔で言った。
「でも、発音すごい綺麗でしたよね」
「そうそう! フランス語っぽかった!」
「いや、適当だって」
透が笑うと、女の子たちもつられて笑った。夏の大学の廊下。冷房の弱い建物の中で、みんな汗をかきながら話している。だが、その時間は妙に楽しかった。年齢も出身地も違う。それでも、同じ通信教育で学び、同じ教室で講義を受けている。不思議な連帯感があった。
「滝口さんって、東北の人っぽいですよね」
一人がそう言った。
「えっ、そう?」
「うん、なんか話しやすい」
「分かる分かる」
透は少し笑って窓の外を見た。東京の夏空が、白く光っていた。
――こういう出会いも、通信教育の面白さなのかもしれない。透は、ふとそんな事を思った。
講義が終わった後、透たちは教室近くの休憩スペースで話していた。夏休み中のスクーリング。毎日顔を合わせるうちに、自然と会話も増えていく。
「そう言えば、ちゃんと自己紹介まだでしたね」
一人の女の子が笑いながら言った。
「あっ、確かに」
透も笑って軽く頭を下げた。
「滝口透と申します」
すると、すぐに明るい声が返ってくる。
「私は、斉藤あかねです」
「私は伊藤陽子です」
東北訛りが少し混じる柔らかな話し方だった。その時だった。後ろから、突然冷たい声が飛んできた。
「へえー、その名前で入っているんだ」
透たちは一斉に振り返った。同じ講義を受けていた女子学生が、腕を組んでこちらを見ていた。
「はっ? 誰ですか?」
陽子が戸惑いながら聞く。すると、その女子学生は鼻で笑うように言った。
「あなたたち、アルバイトなんでしょ?」
一瞬、意味が分からなかった。
「……ちょっと意味が分からないんですが?」
透が静かに聞き返す。
「まあ、誤魔化すしかないよね。アルバイトだから」
「スミマセン、本当に意味が分からないんですが!」
今度は、あかねが少し強い口調で言った。だが、その女子学生は不満そうな顔をしたまま、
「事務室に、あなた達の事を報告しますから」
そう吐き捨てるように言って、去って行った。しばらく、沈黙が流れた。
「……何だったんですかね?」
陽子が呆れたように言う。透は苦笑いした。
おそらく――。彼女の中では、透がフランス語を理解しすぎているように見えたのだろう。
通信教育には、様々な年齢や立場の人がいる。だからこそ、本人確認に対して敏感になる人もいる。もしかすると彼女は“本当の学生ではなく、お金を払って別人が代わりに講義を受けている。そんな想像をしたのかもしれなかった。
昼休み。透たちは学食でランチを食べながら、先ほどの出来事を話していた。
「でも、確かに通信教育だと、そういう心配する人いるのかもしれませんね」
あかねが箸を止めながら言った。
「顔写真だけだと分からないですしね」
陽子も苦笑いする。透は味噌汁を飲みながら、静かに頷いた。
「まあ、いろんな人がいるよ」
それだけだった。怒る気にもならなかった。通信教育という特殊な環境。年齢も職業もバラバラ。毎日通う普通の大学とは、空気も違う。だからこそ、疑い深くなる人がいるのも、ある意味では自然なのかもしれない。透は窓の外を見た。真夏の日差しが、大学の中庭を白く照らしていた。
透は、その年の夏季スクーリングの単位を、なんとか無事に全て取得することができた。
大学単位の取り方の流れを学んだ透は、自分の生活の中で、ふとヨーロッパ時代の思い出が蘇る。そして、どうしても会いたいと思う人が、ある日浮かんだ。そして・・・




