出張
海外で、生活している日本人は、いろんな場面で苦労していることを、出張を通して透は、学んだ。
出張
在外の日本人学校では、国内の学校のように頻繁な出張はない。それでも、現地の日本人会や補習授業校から要請があれば、教師が派遣されることがあった。
今回、その担当になったのは滝口透を含めて、三人だった。他の二人も同期に上海に派遣された教師で、仲が良かった。行き先は南京市。金曜日の授業を終えたあと、そのまま学校が手配したマイクロバスに乗り込み、南京へ向かうことになっていた。
翌日の土曜日。南京で暮らす日本人の子どもたちに向けて、手本授業を行う。透は一年生担任だったため、担当は生活科になった。
金曜日の夕方。校庭の向こうに沈みかけた上海の空を見ながら、透は教材の入ったバッグを抱えてマイクロバスへ向かった。
「よろしくお願いします」
運転手に頭を下げると、すでに他の二人の教師たちが座っていた。
「南京までどれくらいですかね」
「渋滞なければ四時間くらいかな」
そんな会話が交わされる中、バスはゆっくり学校を出発した。窓の外には、高層マンションの灯りが次々と流れていく。上海の夜景は相変わらず華やかだった。
しかし、透の頭の中は、明日の授業のことでいっぱいだった。南京市には日本人学校がない。日本人の数が少ないため、日本の子どもたちは現地校に通っている。毎日、中国語の中で生活し、中国語で授業を受け、中国人の友達と過ごしている。そんな環境だからこそ、日本人の保護者たちは願っていた。日本へ帰国した時、子どもたちが困らないように。少しでも、日本の教育や日本語に触れさせたい。
その思いで、週末になるとボランティアで学習会が開かれていた。透はその話を聞いた時、胸の奥が静かに熱くなった。教師として海外へ来た自分。だが、日本語を守ろうとしているのは、教師だけではない。異国で生活する家族全員なのだ。
バスは高速道路へ入った。車内の灯りが落とされ、周囲の教師たちも静かになっていく。透は窓に映る自分の顔を見つめた。
一年生の生活科。日本の学校なら、当たり前にできる授業。だが、南京の子どもたちには、その“当たり前”がないかもしれない。春の草花。学校探検。朝顔の観察。
日本の季節感や学校文化を、どこまで感じているのだろう。透はカバンから指導案を取り出した。しかし、すぐに閉じた。
違う。ただ、日本の授業を見せるだけでは駄目だ。南京で頑張って生きている子どもたちに、
「日本語って楽しい」
「日本の学校っていいな」
そう思ってもらえる時間にしなければ意味がない。窓の外には、暗い中国の大地がどこまでも広がっていた。透は小さく息を吐いた。
——さて、どうするかな。
その時だった。ふと、一つの授業のアイデアが頭に浮かんだ。透は思わず、静かに笑った。
今回の南京出張には、透を含めて三人の教師が選ばれていた。三人とも、上海日本人学校へ同じ年に派遣された同期だった。年齢も近く、赴任してから何度も助け合ってきた仲間である。南京へ到着したのは、夜遅くだった。簡素な宿舎に荷物を置くと、現地の担当者との明日の打ち合わせが始まった。
会議室には、少し使い込まれた長机と、湯気の立つ中国茶が並べられていた。
「皆さん、本当にありがとうございます」
担当者は深く頭を下げた。その表情には、どこか切実なものがあった。
「こちらでは、日本人学校がありません。ですので……」
担当者は静かに説明を始めた。南京で暮らす日本人の子どもたちは、普段は現地校へ通っている。授業も生活も、すべて中国語。友達との会話も、街の表示も、耳に入る言葉も、中国語だった。だからこそ、週末になると、日本人の保護者たちが交代で教室に立つ。
土曜日の午前中だけ。限られた時間の中で、日本の教科書を使い、国語や算数、生活科を教えているのだという。
「一週間分……時には二週間分まとめて進めることもあります」
その言葉に、透たちは思わず顔を見合わせた。
「保護者の皆さんも必死なんです。日本へ戻った時、子どもたちが困らないようにって」
部屋が静かになった。透は飲み物を持ったまま、黙って話を聞いていた。教師ではない保護者たちが、教材を準備し、週末ごとに子どもたちへ教える。それは簡単なことではない。
いや、本来なら、そこまで背負わせてはいけないのかもしれない。しかし現実として、日本人が少ない南京には、日本人学校を作るだけの人数がいなかった。
「子どもたちは、日本語を話せます。でも、漢字や作文になると、やっぱり難しいですね」
担当者は少し申し訳なさそうに笑った。
「だから、先生方が来てくださるのを、みんな本当に楽しみにしているんです」
その言葉が、透の胸に残った。楽しみにしている。ただ授業を受けるだけではない。日本から来る教師との時間そのものを、子どもたちは待っているのだ。
打ち合わせが終わったあと、三人は宿舎の部屋へ戻った。
「すごいよな……」
同期の一人がベッドに腰掛けながら言った。
「親が先生代わりか……」
もう一人も静かにつぶやく。透は窓の外を見た。南京の夜景が遠くに見える。上海ほど派手ではない。それでも、大きな中国の都市の光が静かに広がっていた。
透は、明日の指導案をもう一度開いた。だが、すぐに閉じた。日本人学校の一年生へ向けた授業。そのつもりで準備していた。でも、それでは違う気がした。毎日、中国語の世界で頑張っている子どもたち。週末だけ、日本語の時間を持つ子どもたち。その子たちに必要なのは、単なる知識だけなのだろうか。透は布団の上に座り込み、静かに考えた。
日本の授業らしさとは何だろう。日本語で笑うこと。友達と一緒に考えること。安心して発表できる空気。もしかすると、そういうものこそ、必要なのかもしれない。透はゆっくり天井を見上げた。
そして、小さくつぶやいた。
「明日……子どもたちが、日本語っていいなって思える授業にしたいな……」
透なりの研究授業
翌朝。南京の空は少し白く霞んでいた。透は、どこかの校舎を間借りしている小さな教室の前に立った。教室と言っても、日本の学校のような広さはない。三分の一くらいの広さだった。机も椅子も大人用である。壁には中国語の掲示物が貼られている。
その中に、小さく日本語のひらがな表が貼ってあった。透は、それを見て胸の奥が少し熱くなった。教室には、一年生が三人。そして、透。四人だけの生活科だった。後ろには、保護者らしい大人たちが静かに立っている。
透は子どもたちの前に立ち、笑顔を作った。
「先生は、今日はみんなと一緒に生活科の勉強をします」
「……はい」
返事は小さい。子どもたちは、どこか緊張していた。本物の日本人学校の教師。しかも上海から来た先生。きっと、子どもたちなりに“ちゃんとしなきゃ”と思っているのだろう。
透は、その空気を感じていた。生活科では、日本の遊びをしよう。そう考えて準備してきた。だが、透はまず聞いてみた。
「みんな、何したい?」
三人は顔を見合わせた。
「……わかんない」
「何でもいいよ」
「ほんとに?」
「はい」
透は少し笑った。
「じゃあ、砂遊びしたい人」
その瞬間、一人の子が小さく手を挙げた。
「……したい」
「よし、じゃあそれをしよう」
透はすぐにネクタイを外した。そして靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくり上げた。その場で裸足になった。子どもたちが驚いた顔をする。
「みんなも裸足になっていいよ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん」
「やったー!」
その瞬間だった。さっきまで硬かった空気が、一気に崩れた。三人は笑いながら靴下を脱ぎ始めた。透は思った。——こうなりゃ、こっちも本気で楽しむぞ。中庭には、小さな砂場があった。四人はそこへ向かった。朝の南京の空気は少し冷たかったが、子どもたちは夢中だった。
「先生!トンネル作ろう!」
「ここ道路にする!」
「じゃあ、こっち海な!」
透も一緒になって砂を掘った。スコップで山を作り、手で固め、崩れてはまた笑った。トンネルが繋がるたびに、子どもたちは歓声を上げた。気がつけば、中国語は出ていなかった。三人とも、ずっと日本語で話していた。透は砂だらけになった手を見ながら思った。ああ、この子たち、ずっと頑張っているんだな。現地校で空気を読み、言葉を覚え、周囲に合わせながら生きている。きっと毎日、“いい子”でいようとしている。
だからこそ今、裸足になって砂まみれになって笑っている時間が、必要なのかもしれない。授業終了の時間が近づいた。
「先生、もう終わり?」
一人の子が残念そうに聞く。
「そうだなぁ、また今度だな」
「えー!」
その声を聞きながら、透は笑った。
授業として正解だったのかは分からない。指導案とは全然違う内容になった。保護者がどう見たのかも分からない。
でも——。教室へ戻る時の子どもたちの顔を見て、透は思った。ああ、今日はこれで良かったんだ。四十五分でできる事は、限られている。その時間、子供達は何かに集中できた。それだけで良かった。そう思った。生活科は遊びの中で学ぶことが多い。何かを感じてくれただけでもいいと思った。他の教師たちも、それぞれ現地の子どもたちの様子を見て、内容を変えていた。知識を詰め込むより、まず「学ぶって楽しい」と思える時間を作る。
それを選んだのだった。帰りのマイクロバス。夕暮れの高速道路を走りながら、透たちは静かに話していた。
「なんか……逆にこっちが勉強になったな」
誰かがぽつりと言った。透も静かに頷いた。教師として教えに来たはずだった。でも、本当に学ばせてもらったのは、自分たちだったのかもしれない。
二週間後。学校に、南京の保護者から感謝の手紙が届いた。
「素晴らしい授業をありがとうございました」
その言葉を読みながら、透はあの日の子どもたちの笑顔を思い出していた。砂だらけの手。裸足で走り回る姿。無邪気な笑い声。
——いい子じゃなくてもいい。——ただ、子どもでいていい。もしかすると、あの時間は、そんな時間だったのかもしれない。透は窓の外の上海の空を見上げた。教育とは何だろう。その答えは、まだ分からない。でも、あの日の南京で見た笑顔は、きっとずっと忘れない。
一度しかない人生を、どう歩むかは、その人が決める。滝口透は、自分の人生も、自分でしっかりと決めていこうと、上海生活の中で、心に刻んだ。そして・・・三年間の在外教育施設での仕事を終えて、いよいよ日本へ帰国する。




