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蒼い空の先  作者: 白石 遼


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エピローグ 東日本大震災

 大自然の力の前では、人間はどうしようもない。帰国して、東日本大震災が起こった。その時、どう行動すればいいか。

 日本へ帰国


 2010年、三月末。透は、無事に文科派遣の任務を三年間無事に全うした。そして、また、南会津の別の小学校に配属された。その年は、三年生から六年生の算数少人数を担当した。そして、その一年後

 2011年 三月十一日 午後二時四十六分――

 南会津の田矢島第二小学校の職員室では、帰りの会が終わる頃の静かな空気が流れていた。透は机の上の書類を整理していた。すると、足元が小さく揺れた。その瞬間は、あまりにも突然だった。透は机の上の書類を整理していた。すると、足元が小さく揺れた。

カタカタ――窓ガラスが震える。教頭が顔を上げた。

「おおっ、これは大きいぞ」

 次の瞬間だった。グラッ――!校舎全体が大きく揺れた。棚のファイルが倒れ、コピー機がガタガタと音を立てる。透は思わず机に手をついた。今まで経験したことのない揺れだった。

「これは避難させた方がいいですね!」

 透が声を上げる。

「ああ!」

 教頭も即座に答えた。そこへ校長が職員室へ飛び込んできた。

「すぐ全校児童を校庭へ避難! 急げ!」

 その声で、職員たちは一斉に動いた。透は避難誘導用の黄色い旗を掴み、急いで外へ向かった。透は校庭の中央へ走り、旗を高く掲げた。

 校庭には、まだ雪が五十センチほど堅雪となって残っていた。昼の陽射しで表面だけが固くなった堅雪の上を、長靴がギシギシと鳴る。透は校庭の中央へ走り、旗を高く掲げた。

「こっちだ! 慌てなくても大丈夫!」

 その頃、各教室では担任たちが子どもたちを誘導していた。幸い、時間はちょうどどの学年も帰りの会。ランドセルを背負っていた子も多く、避難は比較的スムーズだった。子どもたちは雪の校庭へ次々と集まってくる。

 泣き出す低学年の子。不安そうに空を見上げる子。それでも大きな混乱はなかった。今まで何度もやってきた避難訓練が、生きていた。

 不安そうに空を見上げる子。それでも大きな混乱はなかった。今まで何度もやってきた避難訓練が、生きていた。透は人数確認をしながら思った。訓練なんて面倒だと感じる時もある。だが、本当に必要なのは、こういう時なのだと。揺れはしばらく続いた。遠くの山々まで揺れているような錯覚だった。

 やがて揺れが収まり、校長が判断を下した。

「集団下校にします。地区ごとに職員をつけて帰らせましょう。」

 子どもたちは教師に付き添われながら、雪道をゆっくり帰っていった。透は最後の班を見送り、ようやく職員室へ戻った。テレビはすでにつけられていた。画面には、見たことのない映像が流れていた。黒い津波。押し流される車。崩れた建物。

 アナウンサーの緊迫した声。

「巨大地震です。東北地方太平洋沖で――」

 職員室は静まり返った。誰も言葉を発しない。南会津は、地盤が比較的硬い地域だった。校舎にも大きな被害はなく、子どもたちも無事だった。だが、同じ福島県でも浜通りや中通りでは甚大な被害が出始めていた。透はテレビを見つめながら、小さく呟いた。

「……これは、大変なことになる」

 その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。窓の外では、雪に覆われた南会津の山々が、いつもと変わらぬ静けさで立っていた。だが、日本全体の運命が、大きく変わろうとしていた。だが、日本全体の運命が、大きく変わろうとしていた。


  ボランティアに参加


 東日本大震災から一ヶ月後、透は、南相馬に向かっていた。

「人との出会いは、人生を変える。」

 南相馬へ向かう車を運転しながら、透はあらためてそう感じていた。吉成さんとの出会いがなければ、今の自分はいなかったかもしれない。

 こんなにも懐の深い人間になりたい。そう思ったのが始まりだった。役者を目指して、自分の信じた道を真っすぐ歩いていく吉成さん。その生き方は透の心を強く揺さぶった。自分も、胸が躍るような人生を歩きたい。自分の心が動く方へ進んでみたい。そんな思いを抱いたからこそ、シドニーへ行き、ミラノに行き、そして教師になり、海外へ渡り、そして今、ボランティアとして南相馬へ向かっている。そして、もしかして自分も誰かの人生を変えているのかもしれないなと、ふと思った。向こうを流れていく景色を見つめながら、透は南相馬へと車を走らせた。

 東日本大震災から一か月半が過ぎたゴールデンウィーク初日、透は福島県南相馬市のボランティアに参加した。正直に言えば、参加者は少ないと思っていた。放射線量への不安が、日本中を覆っていた時期だったからだ。透の考え方的に言えば、ほどほど浴びた方が長生きできるかも、なんて思っていた。もちろん根拠は無い。

 しかし、現地に着いた透は驚いた。募集の規模は大きくなくても、日本各地から人が集まっていたのである。年配の男性、学生らしい若者、会社員風の人、主婦たち。皆、それぞれの事情を抱えながら、黙々と作業をしていた。

「支援を必要としている人がいる」

 その事実だけで、人は動くのだと透は知った。受付では、まず手続きを行った。ボランティア保険の確認、注意事項の説明。ケガをした場合の保証のためだという。もちろん、報酬などない。交通費も宿泊費も、全て自分持ちである。それでも、人は来ていた。透は、その事実が嬉しかった。作業は想像以上に厳しかった。スコップで土砂を取り除き、泥を運び、何度も汗をぬぐった。海水を含んだ泥は重く、乾き始めるとさらに厄介だった。気づけば身体はクタクタになっていた。服も泥だらけになっていた。だが、不思議と嫌な疲れではなかった。むしろ透は、

日本の教育も、まだ捨てたものではないのかもしれない。そんなことを感じていた。

 午後二時半。その日の作業は終了した。昼食を取っていた時だった。近くに座っていた二人組の青年と、話す機会があった。

「どちらからですか?」

「静岡です」

 日に焼けた、まだ二十代前半くらいの青年たちだった。

「放射線とか、怖くなかったんですか?」

 透がそう聞くと、一人が笑いながら答えた。

「別に、そんなの関係ないですよ」

 もう一人も、おにぎりを頬張りながら続けた。

「暇だったし。観光も兼ねて来ました」

 透は思わず、嘘だ、と思った。だが、その軽い言い方が、なぜか嬉しかった。大げさな使命感ではなく、もっと自然に、

「困っているなら行くか」

 そんな感覚で来ている。その空気が、妙に救いだった。瓦礫の向こうには、まだ傷跡の残る町が広がっていた。それでも、人は来る。誰かのために動く人間が、ちゃんと日本にはいる。日本の教育がしっかりと生きていると、実感した。透は、静かに味噌汁を飲みながら、その事実を胸の中で噛みしめていた。この人たち、静岡から来たんだ。そう言えば今頃、内田君は何してるだろうなと、ふとミラノでの仲間を思った。


 人生の可能性


 人生で一番怖いのは、思い込みなのかもしれない。自分には無理だ。自分の人生は、きっとこの程度だ。そんなふうに決めつけてしまえば、人はそこで立ち止まってしまう。だが、透の人生は違った。いや、出会った人たちが、透の人生を変えてくれたのだった。シドニーで出会った東村マネージャー。その出会いが、サンテリアへの入社につながった。ミラノでは、成田さんと出会った。教師という仕事の奥深さ、人と向き合うことの意味を知った。そして、水谷さん。その生き方に憧れ、自分も教師を目指してみたいと思うようになった。丸川大学では、桐木さんと出会った。本気で生きるとはどういうことなのか、透はそこで知った。気がつけば、多くの人との出会いに背中を押され、今、自分は相馬の海を見ている。潮風が静かに吹いていた。波の音は、遠い過去と未来をつなぐように、ゆっくりと響いている。これから先も、きっとまた誰かと出会うのだろう。そのたびに迷い、悩み、影響を受けながら、自分は変わっていく。でも、それでいい。その時その時で、自分が少しでもワクワクできる生き方を見つけていけばいいのだから。透は遠くを見つめながら、そんなことをふと思った。人生は綱渡り。そうかもしれない。


 透は、南相馬の海を静かに見つめていた。あの日、巨大な津波が町をのみ込んだ海である。今は穏やかな波の音だけが聞こえていた。だが、その静けさの奥に、あの日の恐ろしさがまだ残っているような気がした。今回、ボランティアに参加した。実際に来てみて、気づかされたことが多かった。テレビだけでは分からない空気。ネットだけでは伝わらない人々の表情。現地に立って、初めて見えるものがある。情報というのは、自分の足で動き、自分の目で見て、初めて本当に理解できるのかもしれない。放射線のこともそうだった。来る前は、不安がなかったわけではない。だが、現地には確かに人がいて、生活があり、支え合っている人たちがいた。必要以上に恐れるのではなく、正しく知ること。その大切さを、感じていた。海から吹く風が、泥の匂いを少しだけ運んできた。透は遠くの水平線を見つめながら、小さく息を吐いた。


――きっと、大丈夫だ。

 誰に言うでもなく、その言葉が自然に胸の中に浮かんだ。壊れた町も、傷ついた人々も、時間はかかっても、少しずつ前へ進んでいく。そんな気がした。


 透は、海を見ていた。波が、静かに寄せては返す。その音だけが、やけに耳に残った。風が吹く。少しだけ、潮の匂いがした。

 何かを考えていたはずなのに、それが何だったのか、うまく思い出せない。ただ、胸の奥に、重たいものが残っている。気づくと、頬に触れるものがあった。透は、拭わなかった。しばらくして、ゆっくりと息を吐く。それだけで、よかった。


 波は静かに、何事もなかったかのように岸へ寄せていた。


 人は、必ず死ぬ。滝口透は、たくさんの人との出会いの中で、自分らしく生きていくことを、いつの間にか、考えるようになった。そして、これからも、考えていくだろう。

 そて、この小説が、読者の皆様の生きることの一助になれば、幸いです。最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。


 ※ この物語は、フィクションです。

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