在外教育施設派遣への道
いよいよ、透の在外教育施設への挑戦が始まった。そして、その結果は・・
ゴルフ
南会津の山々には、まだ春の雪がわずかに残っていた。本郷小学校で四年目。透は、教員生活十年目を迎えていた。その年の春、学校に新しい風が吹いた。校長が、吉田和子校長から星野トシオ校長へと変わったのである。一方、教頭の天野教頭は、以前から透をよく見てくれていた人物だった。
仕事に対して真面目で、子どもにも一生懸命。時には無茶をするが、最後までやり切る。そんな透を、天野教頭は高く評価していた。
ある休日、星野校長に誘われ、三人で学区内にある近くのゴルフ場へ行くことになった。
「滝口先生、ゴルフやるんですねぇ」
星野校長が、嬉しそうに笑う。
「はい。民間にいた頃、先輩に教えてもらいました」
「そうですかぁ。教師だけだと、なかなかやる機会ないですからね」
天野教頭は苦笑いした。
「私は、下手で付き合いみたいなもんです。」
「まあまあ、今日は楽しみましょう」
青空の下、三人はゆっくりコースを回った。その日の星野校長は絶好調だった。ドライバーは真っ直ぐ飛び、長いパットまで次々と沈めていく。
「いやぁ、今日は調子いいなぁ!」
上機嫌で笑っていた。その時だった。フェアウェイを歩きながら、天野教頭がふと思い出したように言った。
「そう言えば、滝口先生」
「はい?」
「中学校の社会科免許、最近、取りましたよね?」
「はい。通信教育で取りました」
透は少し照れながら答えた。小学校だけではなく、中学校教育にも興味が出始めていた。
だからこそ、仕事の合間に通信教育で学び、免許を取得したのである。
すると、天野教頭が立ち止まった。
「だったら、在外派遣、受けてみたらどうです?」
「えっ……在外派遣ですか?」
透は驚いた。いきなり、夢が広がつた。
すると、天野教頭は静かに笑った。
「実は私、昔、インドの日本人学校に三年間いたんです」
「……えっ?」
透は思わず聞き返した。初耳だった。山奥の小学校で働いていると、海外勤務など別世界の話に思える。
しかし、目の前の教頭は、実際にその世界を経験していたのである。
「大変でしたけどね。でも、面白かったですよ。価値観、変わります」
天野教頭は遠くを見るような目をした。
「滝口先生なら、向いてる気がするんですよね。小学校だけじゃなく、中学校免許もあるし」
その話を聞いていた星野校長も頷いた。
「いいですねぇ。チャレンジしたらいいじゃないですか」
「でも……」
透は迷った。年齢的にも、挑戦できるのは今年が最後かもしれない。それに、最大の壁は別にあった。妻である。今まで何度か海外勤務の話をしたが、返事は決まっていた。
「海外生活なんて、絶対に無理」
だから今回も、どうせ反対されると思っていた。しかし、天野教頭は笑った。
「まあ、話するだけしてみればいいじゃないですか。人生、何があるか分かりませんよ」
その言葉が、妙に胸に残った。しかも、その日の星野校長は絶好調である。
「私は賛成ですよ!チャレンジは大事です!」
カップインの音まで軽やかだった。その勢いに押されるように、透はゴルフ場の駐車場で携帯電話を取り出した。そして、妻へ電話をかけた。
「あのさ……在外派遣日本人学校、受けてみたいんだけど」
少し沈黙が流れる。透は、また反対されると思った。しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「……一回くらいなら、いいよ」
「えっ?」
透は耳を疑った。妻としては、在外派遣が狭き門なのを知っていた。どうせ簡単には受からないだろう。それなら、一度くらい挑戦させてもいい。そんな思いもあったのだろう。
だが、透には十分だった。挑戦する許可を、初めて得たのである。
在外教育施設への挑戦
その後、透は必要書類を揃え、選考へ進んだ。すると、予想以上に評価された。そして、福島県代表として推薦されることになった。
気づけば夏休み。透は、東京の面接会場の大きな建物を前に立っていた。
――まさか、本当にここまで来るとは……。南会津の小学校教師だった自分が、今、日本全国の候補者たちと並び、海外派遣の最終面接を受けようとしていた。
今まで、教員三年目で教務主任をしてきた事や、研究授業を担当した事が、結果的に、物怖じをしない透を作り上げてきた。透は、この後、最終面接を通して・・・




