修学旅行の引率
学校を離れての校外学習。六年生は思い出作りも兼ねて修学旅行がある。その六年生の引率を三年連続、透は担当した。
教師という仕事
教師の仕事は、不思議なほど忙しい人に集まる。学校という場所では、よく言われることだった。断る教師もいる。上手にかわす教師もいる。だから結局、断らない教師のところへ仕事が集まっていく。だが透は、それを損だと思ったことはなかった。逃げないから、力がつく。そう信じていたからだ。
二年前の四月。この小さな小学校に赴任した最初の日、一人の四十代の教師がなかなか校長室から出てこなかった。何を話していたのか、透は知らない。仕事の校務分掌の相談だったのか。あるいは、何かを断っていたのかもしれない。ただ透は思っていた。頑張った分だけ、それは最後には自分に返ってくる。それはすぐには見えなくても、遠回りに見えても、人間の力は、逃げなかった時間の中で育っていく。そんな思いを抱えながら、透は山川小学校の三年目の春も、再び高学年の複式学級を任されることになった。
職員室の窓から見える校庭では、まだ少し冷たい春の風が吹いていた。透は、新しい学級名簿を静かに開いた。そして、呟いた。
「また、高学年の複式学級か」
透は、苦笑した。
修学旅行
春になると、六年生にとって最大の行事である修学旅行の季節がやって来る。会津地区のこの地域の小学校では、昔から仙台・松島方面への一泊二日が定番だった。ただ、小さな学校だけでは人数が少ない。バス一台を出すには効率が悪いため、毎年、近隣の学校と合同で実施していた。透の学校は、隣の山川第三小学校と毎年合同修学旅行だった。気づけば、透は三年連続で仙台・松島方面の引率をしている。仙台市内。松島湾。瑞巌寺。土産店。もう、旅程は頭に入っていた。
春の職員打ち合わせの日。第三小学校の職員室で、新妻先生が名簿を見ながら笑った。
「あれ、今年も滝口先生、高学年の複式学級ですか?」
透も思わず笑った。
「いやいや、新妻先生も三年連続、高学年の複式学級じゃないですか」
「いやぁ……お互いなんか上手く使われてますねぇ」
「はははっ。もう笑うしかないですね」
二人は顔を見合わせて笑った。お互い、似たような小規模校。男性教師の人数も少ない。結局、動ける教師に仕事が集まる。その状況が、言葉にしなくても何となく分かってしまうのがおかしかった。
修学旅行の打ち合わせをしながらも、二人の間には、同じ立場で現場を回している者同士の妙な連帯感があった。窓の外では、まだ少し雪の残る会津の山並みが静かに見えていた。修学旅行の打ち合わせは、毎年春になるとすぐに行われた。
今回は、山川第三小学校の会議室。旅行代理店の佐藤が、資料をめくりながら話した。
「一年目は仙台泊、二年目は松島泊でした。今年は、どうしますか?」
新妻先生が透の方を見る。
「どうしましょう? 滝口先生」
透は旅程表を眺めながら答えた。
「まあ、どちらでもいいですが……」
少し考えてから続けた。
「じゃあ、今年は仙台でどうでしょう」
「はい、そうしましょう」
こうして、今年の修学旅行の日程が決まった。
初日は会津を出発し、宮城県の松島へ向かう。瑞巌寺や五大堂を見学し、遊覧船に乗る。観光を終えた後、バスで仙台市内へ移動して宿泊。
二日目は、子どもたちが最も楽しみにしている班別自主行動だった。グループごとに仙台市内を回り、決められたチェック地点で教師に確認を受ける。
そして最後は、地下鉄を利用して指定された仙台科学館の集合場所へ向かう。時間までに全員が無事に集まれば成功。
午後二時。仙台を出発し、夕方には会津へ戻る予定だった。子どもたちは、その日を楽しみに待っていた。しおりを何度も読み返し、持ち物を確認し、班の計画を立てる。教室には、修学旅行前特有の浮き立つ空気が流れていた。だが、透にはもう一つやらなければならない仕事があった。五年生の授業準備である。
複式学級では、六年生が修学旅行へ行っている間も、五年生の授業は進む。つまり透は、六年生の修学旅行準備を進めながら、同時に五年生二日分の授業も組み立てなければならなかった。
それが複式学級の大変さだった。六年担任でありながら、同時に五年の担任でもある。仕事が二倍になる感覚だった。学校に残る五年生の補欠授業を二日分準備する。まあ、大抵は国語や算数の単元テストや図工の課題になるが、それでも透は、黙々と教材を準備した。
そして迎えた当日。空は見事な晴天だった。春の冷たい朝の空気の中、子どもたちは大きな荷物を抱えながら、次々と校庭へ集まってくる。眠そうな顔。興奮して騒ぐ声。保護者に手を振る姿。その光景を見ながら、透は静かに思った。
――今年も、この季節が来たな。
朝日を受けたバスが、ゆっくりと会津を出発した。修学旅行は、子どもたちにとって特別な行事だった。普段は静かな会津の町で暮らしている子どもたちが、初めて見る大きな街。仙台駅に着いただけで、
「すげぇ……」
と声を漏らしながら、目を輝かせる。首をキョロキョロ動かし、行き交う人の多さに驚き、
ビルを見上げる。ポケットには、簡易カメラ。松島の景色。遊覧船。友達の変な顔。何でもかんでも夢中になって撮っていた。フィルムの枚数など気にしない。周りの風景をぱちぱち撮っていた。
「おい、そんな撮ったらなくなるぞ!」
そんな声が聞こえても、子どもたちは笑いながらシャッターを押し続ける。班で地図を広げ、
道に迷い、相談しながら地下鉄に乗る。教師に言われた通り動くだけではなく、自分たちで考えて行動する。それも修学旅行の大切な学びだった。
夜になれば、みんなで風呂に入り、同じ部屋で布団を並べて寝る。消灯時間を過ぎても、小声で笑い声が続く。ただ、それだけのことだった。だが、その「ただそれだけ」が、
子どもたちにとっては一生の思い出になる。透は毎年、引率をしながら思っていた。
――やっぱり、教育ってこういう事なんだな。
教室で教えるだけではない。実際に見て、触れて、感じて、人と関わる。
その中で子どもは成長していく。松島の海を眺めながら、楽しそうに歩く子どもたちの後ろ姿を見て、透は静かに思った。――教師になって良かった。心からそう思える瞬間だった。
そして、いつの日か、自分も在外派遣で日本人学校に行ける日を考えていた。
そんな教師生活の中、一通のはがきが透のもとに届く。さて、内容は・・・




