3-20. 聞き込み
その後、マリーとふたり、市場へ向かった。
正直、俺がついていったところで何かの役に立つとは思えなかったが、ひとりでの聞き込みは不安だったのだろう。
市場の一画に、乾物を扱う店がまとまっていた。
マリーが最初に入ったのは、例の香辛料店のすぐ裏手にある店。軒先に吊るされた魚の干物が風に揺れていて、どことなく、海の匂いがする。
「あの、申し訳ありません。少し、お時間よろしいでしょうか」
「うん? ……ああ、いらっしゃい。今日は、何がご入用で?」
マリーが声を掛けると、品出し作業をしていた女性が振り向き、愛想よく歓迎した。口ぶりからすると、マリーが普段出入りしている店なのだろう。
「その……お尋ねしたいのですが。母はこの店で、蕎麦つゆだしの材料を買っていませんでしたか?」
「おかみさんが? ……いんや、覚えにゃないけどねえ。タラや塩サバの干物は、よく買ってらしたけど」
質問への回答としては、それで終わりでいいはずだったが、彼女はさらに続ける。
「しかしね。わたしゃ、おかみさんにはずいぶん世話になったんだ。亭主がイキナリ死んじまってさ、帳簿だ税金だって、学がないから分かんないだろ? 店畳んじまおうと相談に行ったら、やめるのはもったいないって、親身になってあれこれ教えてくださってねえ……」
とうとうと切れ間なく話しつづけるのを、マリーは黙って頷きながら聞いていた。
そこへ他の客が現れたので、女性店主はようやく話を切り上げ、向こうの会計を済ませてからふたたび振り向く。
「ええっと。それで、お嬢さんは、何がご入用でしたっけ?」
「すみません。買い物は、……また、改めて来ます。失礼しました」
「そうなの? じゃあ、また、ごひいきに」
マリーは深々と一礼し、店を出た。
「……母さんの話、久しぶりに聞いた」
と呟いた。家族の間では、亡くした母親との過去は、まだ思い出として語れる段階ではないのだろう。
次に訪れた店でも、おかみさんは、蕎麦つゆだしの材料を買ってはいなかった。
しかしそこの店主も、母の話題を出したマリーにお悔やみを述べ、おかみさんに良くしてもらったという思い出を語った。
三軒目は、乾麺専門店だった。おかみさんはたまに乾蕎麦を買っていったそうだが、つゆについては分からないという。ひとまず乾蕎麦を購入し、店を出た。
「うーん。おかしいな……」
ひととおりエリア内の乾物店を訪ねた後、マリーが呟いた。
店主たちはみな、おかみさんを知っていた。
――しかし、彼女が蕎麦つゆだしの材料を買っていたという店は、一軒もなかったのだ。
◇ ◆ ◇
このあたりで、ピンときた。
ひとまず、例の香辛料店へ向かった。ヒナ不在でも親身になってもらえるか分からなかったが、客足が途絶えたところを狙い、老店主に話しかけた。
その店では、香辛料を使うはず。ならば、老店主の常連客ではないかと踏んだのだ。
はたして、老店主は探している店の場所を教えてくれた。さすがに、店を閉めて道案内まではしてくれなかったけれど。
マリーを連れて、教わった店を訪ねた。彼女は初めて来たようで、落ち着きなく周囲を見回していたが、意を決して店主に話しかける。
「……すみません。つかぬことをお伺いしますが、こちらの店に、母が来ていませんでしたか?」
「お母さん? ……ああ、組合のおかみさんかい。よく来てたよ。去年、亡くなったんだって? 残念だったね」
店主は、マリーとは初対面のようだったが、よどみなく答えた。おかみさんとマリーは、よほど良く似ているのだろう。
「……!」
マリーは息をのみ、こぶしをぎゅっと握りしめて、続ける。
「あの、……私、母の蕎麦つゆの味を、探しているのですが。ご存じありませんか」
その問いかけに、店主は、今度は数秒沈黙した。それからなぜか、ちらっと背後にいる俺を見た。
……まあ、異世界でも、そういうものなんだろう。『お嬢さんに真相を伝えて良いのか』という無言の問いかけに、『大丈夫』と頷き返す。
「これ、500円。使いかた分かる? 四倍希釈ね」
店主は、棚から500ミリリットルサイズの素焼き瓶を取りだして、マリーに渡した。
マリーは珍しくフリーズしていたが、俺が肩を叩くと、はっと気づいて代金を支払った。瓶を受け取って、頭を下げる。
「あ、ありがとう、ござい、ました……」
マリーは呆然としていた。
そりゃそうだろう。今まで一年間、探し求め続けていた母の味が、とつぜん、アッサリ目の前に差しだされたのだ。しかも、今まで入ったこともないような店で。
しかし俺は、やっぱりな、と考えていた。
おかみさんは共働きで、自宅の家事の他にも、組合のまかないや掃除、事務仕事、親方の客の応対などをこなしていた。さらには、街の商人たちの相談にも、親身になって乗っていた。
きっと、目が回るほど忙しかっただろう。
そんな日々の中に、マリーが女学校で習った、イチからだしを取るような料理をしている時間的余裕はなかったはず。
つまり、こういうことだ。
餅は餅屋――マリーの母の蕎麦の味は、四倍濃縮めんつゆの味だったのだ。




