3-14. 学校
そんなある日のことだった。
学校が休みらしく、今日はランドセルを背負っていない子どもたちが、子ども用イートインスペースに集まっておにぎりを食べていた。
ふと、そのうちのひとりが、レジに立っているヒナに尋ねる。
「ねえ、なんで働いてんの? 学校は?」
「ばっ……そういうことは、聞いちゃダメだって!」
隣に居た子が、慌てて彼を咎めた。
最初に発言した少年は、いまいちピンと来ていない様子だったが、ちらっと俺の顔を見て、納得したように続ける。
「ここの子じゃないのか。デッチボーコーってやつ?」
「……ヒナは、『ラクダ商会』の子で、タッパー亭の相談役。トーヤだけじゃ頼りないから、マリーがパパに頼んで、秋まで、ここで店の手伝いしてる」
「ラクダ! おれ、こないだ父ちゃんと見に行ったよ。デカかったなあ。隊商、また秋に来るの?」
「来るよ。そのとき支店も出すから、ごひいきに」
ヒナの父親の隊商、ラクダ商会って屋号なのか。いま初めて知った。
いかにも、分かりやすさ命のヒナっぽいネーミングだが、あれは父親譲りのセンスなんだな。
「年いくつ?」
「十一」
「へー、おれたちと一緒じゃん。すげーな、レジ任せてもらえるなんて。おれなんか、近づこうとしただけで怒られるのにさ」
「……うん」
普段のヒナなら得意げに『ふふん』とか言いそうだったが、妙にテンションの低い返答だった。
俺は少し考えて、日替わり弁当をひとつ手に取り、ヒナに差しだす。
「なに?」
「あの子たちと一緒に食べな」
「でも……」
「商売の勉強もいいけどさ。たまには、友だちと遊んだら? レジの仕事は、俺がやるよ」
ヒナは数秒黙った。俺の手から弁当を受け取り、カウンター横の扉から表へ出ていく。
「……帳簿が合わなかったら、トーヤのせい」
振り向いて、釘を刺した。相変わらず、素直じゃないな。
◇ ◆ ◇
弁当を食べた後、ヒナは子どもたちと遊びに行った。
俺は店にひとり残ったが、休日の子どもたちが朝食に来る頃には出勤時間帯はとうに終わっており、客以前に、店の前を通る人がほとんどいなかった。
「あれ、ヒナは?」
のれんの奥から、マリーが顔を出した。朝のまかないを用意してくれたのだ。
俺は、イートインテーブルに置いていたサービスの穀物茶を回収し、ふたつのコップに注ぎわける。
「友だちと遊びに行ったよ。……ヒナはすごいよね。誰とでも、すぐに仲良くなれて」
呟いて、昔のことを思い出した。
中学生の頃、俺は帰宅部で、毎日ヒマを持て余していた。
クラスメイトは、たいてい部活をやっていた。でも、トロいうえに声出しすらマトモにできない俺には、まず運動部に入る選択肢がなかった。
文化部は美術部と家庭科部だけで、どちらも女子生徒ばかり。
科学部とかがあれば入っただろうけど、自分で立ち上げるほどの気概はなく、なにより、一緒にやる友だちがいなかった。
家にネット環境があれば、インターネットにどっぷりハマっていたかもしれない。しかし、当時の我が家にパソコンはなく、俺はガラケーさえ持っていなかった。
それで仕方なく、ヒマつぶしとして勉強するようになった。
教科書やノートは手元にあったし、友だちがいなくても一人でできたし、勉強していれば、ずっと家に居てもとやかく言われないだろうと考えたのだ。
もちろん、最初は褒められた。でも、だんだん『なぜ中学生の息子が毎日ひとりで家に居るのか』という、居心地の悪い視線を感じるようになった。
さっきヒナに言った、『勉強もいいけど、たまには友だちと遊んだら』は、実家にいた頃、何度も母親に掛けられたセリフだった。たいていの中学生は、『遊んでないで勉強しなさい』と叱られるものだろうに。
中学生の俺は、机にかじりついてまで確保していた居場所から、追い立てられた気分になった。
でも、ついさっき、自分で同じセリフを口にして理解した。あれは、単なる親心だったのだ。いま思えば当たり前なのだが、当時は分からなかった。
「……ヒナはさ、本当に、学校行かなくていいのかな」
ポツリと呟いた。
タッパー亭は、ヒナの居場所になれていると思う。でもヒナは、俺とは違うのだ。
学校に通えば、たくさん友だちを作って、勉強以外にもいろいろなことを学べるはず。
同い年の子どもたちが学校で学び、あるいは休日に遊びに出かけている間、タッパー亭のレジ係をさせていて、いいのだろうか。
「あのね、トーヤ。ラクダ商会は大店なの。お金がないから、学校に通えないわけじゃない。……お父さまには、何か考えがおありなんだよ」
マリーはそう俺を窘めると、視線を伏せて穀物茶をすすり、おにぎりを手に取った。
どうやら、この話はもう続けたくないようだった。




