3-12. ホウレン草
ベッドで大人しくしていたら、いつの間にか眠っていた。開けっぱなしのドアの先で、マリーとヒナが控えめな声で話しているのが聞こえる。
身体を起こしベッドを出て、おずおずと顔をのぞかせた。
「あー……えと。さっきは、ごめん」
開口一番に謝罪した。
顔を上げると、ヒナはマリーお手製の麻布手袋を両手につけて、おにぎりを握っているところだった。
ダイニングテーブルには土鍋、そしてホウレン草と刻みチーズを和えたらしい具材の皿が置かれている。
「おはよ、トーヤ。なぜ怒られたか、分かった?」
「はい……」
「良い。食べてみて」
差しだされたおにぎりを手に取り、ひと口かじった。
「……あ、うまい」
ホウレン草の青臭さが、チーズの風味でうまく覆い隠されている。なるほど、これならば、青菜が苦手なヒナにも食べやすいかもな。
「ふふん。新しいメニュー。ええと……ケンコーで、おいしいの。ホウレン草チーズ、ヒナが考えた」
「!」
「トーヤはばか。でも、日替わりをケンコーなメニューにするのは、良い考え。……って、マリーが言ってた」
すでにマリーは試食済みなのか、ヒナはもうひとつ作っていったん皿に置くと、手袋を脱いで自分で取り上げる。
「うん。おいしい!」
「ヒナがそう思うなら、苦手な人にも、おいしく食べてもらえるね」
「カボチャも、チーズ混ぜたら、おいしいかも」
「そうだねえ。カボチャなら、軽く潰して、クリームチーズと混ぜたらいいんじゃない?」
「うーん。作ってみないと何ともだけど、水分が残るのは避けたいな。特に、この先は暑くなるわけだし。保存性を上げるなら……」
そこで、はっと気づいた。ヒナがジトリとこちらを見ていた。
「いや……今のは……」
「なんで立ってる? 座れば」
そっぽを向いて言った。参加しても良いらしかった。
◇ ◆ ◇
数日休んだ後、店を開けた。
開店直後、例の露天商がやって来て、「あ、開いてる」と声をあげる。
「にーちゃん! いらっしゃい」
「なんかあったの? ここ何日か、閉まってたけど」
「トーヤが、ホウレン草食べないから、病気になった」
「ありゃま」
と言って、今度は壁に貼られている大判紙に目を向けた。マリーとヒナが作った、弁当チケット宣伝ポスターだ。
「チケット?」
「うん。十個のお金で、一個おまけ。ケンコーメニューで、お買い得!」
「へー。買っとこうかな」
ヒナは代金と引き換えに、チケット五枚つづりの薄板をふたつと、おまけチケット一枚を渡した。
おまけの一枚はすぐに返ってきて、日替わり弁当(刻みベーコン・ホウレン草チーズ)と引き換えられた。
「あと、そぼろと、魚フレーク」
いつもの注文だった。
しかし翌日には、魚フレークがホウレン草チーズに変わっていた。




