3-11. 改善
「そう。今の日替わりメニューって、単に『売れるかどうか』で決めてるよね」
と続けた。
店としては、日替わりを買ってもらうのが一番ありがたい。単品注文の場合、いちいち裏で包まなければならず、対応に時間が掛かるからだ。
その点、日替わり弁当はあらかじめ用意したものを渡すだけで済むため、朝の忙しい時間帯に、効率よく客を捌くことができる。
だから今までは、なるべく多くの人に日替わりを選んでもらえるよう、人気具材を中心に採用してきた。
「でも、常連の人も増えてきたし、弁当チケットを作ろうって話にもなってるから……そろそろ、栄養面も気にしたほうが良い気がしてきて」
忙しくて昼食が食べられない人に、食べやすい食事を提供する。
最初に定めた基本方針は、すでに達せられた。そろそろ、次の段階に移るべき時ではないだろうか。
空腹を満たすのも重要だが、食事の役割はそれだけじゃない。常連客がいる以上、俺たちの弁当が客の健康の一部を担っている自覚を持つべきだろう。
もちろん、単品メニューには、健康志向的な具材もある。しかし実際に買うのは、最初から健康意識の高い少数の客だけ。野菜不足の客は、自分では野菜を選ばないから、野菜不足になっているのだ。
その、栄養バランスの需要と供給のズレを、弁当チケットで改善できないだろうか?
「チケットの引き換え対象は日替わり弁当に固定して、栄養面を考えたメニューにする。常連は、チケットを使えばお得に買えるし、意識しなくても健康的な食事ができる。店としても、日替わりが多く出るほうが効率的だし……どうかな?」
意見を求めたが、ふたりは何も答えなかった。明らかに、『良いアイデアだ』という反応ではない。
ヒナが冷たい目でジトリとこちらを見上げて、ひとこと、言った。
「ばか」
「え!? ……何か、おかしかった?」
我ながら名案だと思っていたため、バッサリ否定されたのはショックだった。
自分では回復したつもりだったが、まだ頭が回っておらず、大事なことを見落としているのだろうか……。
「なぜ今、それを考えた?」
「えっ」
「トーヤはいつも、人が先で、自分は後。病気になっても、まだ人のこと? ハッキリ言う。トーヤのそういうとこ、迷惑。なぜ分からない!?」
「ヒナ!」
彼は椅子を立つと、引き留めようとしたマリーの手を、乱暴に振り払った。廊下の向こうで、玄関扉がバタンと閉まる。
「え、あ……」
「……まあ、怒りたくなる気持ちも、分かるけどねえ」
マリーは大きくため息をつき、顔を上げた。真剣な表情で、対面の俺をまっすぐに見つめる。
「トーヤ。私、前に言ったよね。私たちがおいしい弁当を食べたせいで、トーヤがひもじい思いをしたら、私は悲しい。あなたが店のために無理して、私やヒナが喜ぶと思ってる?」
「それは……」
言葉に詰まった。もちろん、そんなはずはなかった。
「倒れた時、あなた、とても苦しそうでね。すごく手が冷たかったの。正直、母さんのことが頭をよぎった。お医者さまに診ていただいて、治ると分かって、ホッとした」
彼女はいったん、そこで言葉を切った。うつむいて、どこか、遠くを見るような目になった。
「でもね、私、ずっと考えてた。どうして、もっと早く気づけなかったんだろうって。今回は、大丈夫だったけど……いつかトーヤも、母さんみたいになるんじゃないかって、怖くなった」
「マリー……」
「私はもう、あんな思いはしたくないの。そろそろ、分かってもらえないかな?」
「………………その、すみませんでした」
やっとそれだけ絞り出すと、マリーは黙って頷いた。
「ヒナには、私から話しておく。部屋に戻って、横になっていて。眠れなくても、身体は休まるから」
「……あの」
これは、はたして、いま言うべきことなのだろうか。迷ったが、しかし、マリーがいま俺に要求したのは、つまり、こういうことなんじゃないだろうか。
「勉強会……参加するの、やめても、いいかな」
「え?」
「いや、あの……文字、じっと見るのが、キツくて。最近、ちょっと疲れてるとは、思ってたけど……急に気分が悪くなったのは、勉強会が原因、だと思う」
ぼそぼそと続けた。
半分は本当、半分は嘘だったが、まさか『マリーの声を聞くのがキツかった』とは、口が裂けても言えるわけがない。
しかし、言った直後に、嘘としてあまりにデキが悪いことに気づいた。
俺は普段、平然と日本語で読み書きをしており、マリーもそれを知っている。
異世界捏造ルーン文字は、漢字よりずっとシンプルな字形だ。文字の種類もずっと少ない。なぜ、日本語の読み書きができるのに、こちらには音を上げるのかと聞かれるはず。
その時どう返答するか、考えていなかった。
「……そうだったの。ごめんね。ルカのために誘ったから、断れなかったんでしょう」
けれど、マリーはわけを問い詰めなかった。ただ、優しく微笑んで、頷いてくれた。




