↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/89

3-06. 染み

 普段の仕事より時間は掛かったものの、ルカはちゃんとチケットの版木を作ってきた。


 五枚つづりの縦長形状なので、上から版木を押しつけるスタンプ方式だと、均等に力を掛けるのが難しい。そこでチラシと同様に、版木に薄板を載せ、バレンで摺る方式にした、とのことだった。


「じゃあ、摺ってみようか」


 開店チラシ以来、長らくご無沙汰だった摺り道具を引っ張り出してきて、試し摺りをした。


 写りは問題なさそうなので、マリーに渡して、内容を確認してもらう。


「あれっ?」


 マリーが眉根を寄せた。ルカの肩がびくりと跳ねる。


 彼女はおおらかな性格で、今回の仕事も『多少、図案と違っても構わない』とさえ言っていた。そのマリーが、眉をひそめたのだ。


 ルカにとってはただでさえ自信のない仕事だったのだから、気が気でないだろう。


「なっ、なにか、マズかったでしょうか……?」

「……ルカ。いま、図案持ってる?」

「へえ」


 ルカは震える手で、懐に入れていた図案を取りだした。マリーは紙を両手に広げ、「ああ」と呟く。


「ここ、汚れてるね。それを、そのまま写しちゃったんだ」


 図案をテーブルに置いて、指さしながら指摘した。


 インクを落としたらしい、小さな丸いシミがある。タッパー亭ロゴの横、俺には読めないが、たぶん『弁当チケット』とか書かれている部分だ。


「す、すんません! どっかで、汚しちまったのかも……。すぐ削りますんで、お許しを」


「ううん。それは、いいの。汚したのは、私かもしれないし」


 マリーは慌てるルカに向かって、続けた。


「それより、ルカ。あなた、読み書きができないの?」


「えっ?」


「だって、字が読めるなら、こんなところに点はないって、すぐに分かるはず。五つ全部に写し取っても気づかないなんて、ありえないよ」


 ルカは、下を向いて黙り込んだ。マリーはちょっとばつの悪そうな顔をして、口調をやわらげる。


「責めているわけじゃないの。でも、街で職人をやっていくなら、読み書きができないと不便でしょう。今は、どうしているの?」


「それは……仕事は親方の紹介で……募集板は、読めねえもんで」


 下を向いたまま、ぼそぼそと白状した。親方に面倒を掛けている自覚があり、後ろめたく感じているのだろう。


「ウチの村は小せえもんで、寺子屋は、隣村にしかねえんです。まあ、あったとして、ウチには通うカネもねえんですが……」


「じゃあ、ここで一緒に勉強しない?」

「ええっ!?」


 思わぬ提案だったのか、ルカは驚いた様子で顔を上げた。


「お店を閉めた後、ヒナに教えているから。時間がある時に、遊びにいらっしゃい。もちろん、あなたに合わせてイチから教える。心配しないで」


 しかし、それでもルカは、口の中で何かごにょごにょ言っていた。まあ、この年までいっさい勉強に触れてこなかったのだろうから、しり込みするのも無理はない。


「そうだ。トーヤも、一緒にやろうよ」


 思わぬ流れ弾を食らって、「え」と声が出る。


「いやっ、俺は……」


 個人的には、異世界文字の読み書きができなくても、さほど困ってはいなかった。


 異世界でも、日本語のメモは取れる。店の前に掛ける札や注文木札は、側面や裏側などの目立たない部分に日本語を書き足して、見分けがつくようにしていた。


 事務仕事はできないが、そもそも経理は専門外だし、最初からアテにされていない。


「その……」


 ――ただ、いまマリーが俺を誘ったのは、俺のためじゃない。


 きっとルカは、今から勉強をはじめ、年下のヒナに後れを取るのが恥ずかしいのだ。


 ならば、ルカよりずっと年上の俺が同じスタートラインに立つことで、始めるハードルを下げられるはず。マリーは、そう考えたのに違いなかった。


 となると、『俺は困ってないからやらない』とは言いづらい。


「大丈夫! 簡単だよ。だって、文字の形と読みさえ覚えれば、あとは、話(・)す(・)と(・)お(・)り(・)に(・)書(・)く(・)だ(・)け(・)だもん」


 マリーは励ましたつもりなのだろうが、それは、俺にとっては最悪のニュースだった。


 薄々、気づいてはいたが――異世界文字は、表音文字なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。