3-04. お詫び
昼食を終えた頃、玄関の呼び鈴が鳴った。
扉を開けると、例の若おかみが立っている。抱っこ紐に赤ん坊を抱えて、男の子の手を引いていた。
「ウチの息子が、ご迷惑をおかけしました」
彼女はそう言って、深々と頭を下げた。顔を上げ、財布を取りだしたところで、ヒナが廊下に現れる。
「お代、要らない。若おかみ、お得意さまだから、トーヤが勝手におまけしたの」
と愛想よく笑った。
しかし若おかみは、払うと言って聞かなかった。ヒナにちらと目配せすると、小さくうなずいたので、俺が代金を受け取る。
「失礼いたします」
若おかみは息子にも頭を下げさせ、階段を下りていった。俺は硬貨をヒナに渡そうとしたが、彼は首を振って拒絶する。
「弁当、トーヤが勝手にあげた。お金取ったら押し売りだから、売り上げにはしない。でも、若おかみは、払わないと気分悪いでしょ」
と言って、ジトリとこちらを睨んだ。
「それに、お金貰わないと、あの子が困る。誰でもごはんくれると思って、よその店でねだったら、どうなる? みんな、トーヤみたいなあまちゃんじゃないんだよ」
「ウッ……気をつけます……」
ヒナの言う通りだった。
どうも俺には、目先の出来事にばかり意識が向いてしまい、自分の行動がその後にどう影響するかにまで考えが至らないという悪癖があった。
もっとも、そういう性分でなければ、路地裏で見つけた異世界へ続く穴などという怪しすぎるシロモノに、足を踏み入れたりはしなかっただろうけども……。
「だから、そのお金は、トーヤが貰っておいて。そしたら、『一件落着』」
そう言い残して、ヒナは廊下を歩いていった。
残された俺はひとり、行き場をなくした500円硬貨を手に思案する。
これは、誰にとっても扱いに困るカネ。ならば、事件の元凶である俺が責任を取って処理すべきだと、ヒナは主張しているわけだが……さて、どうするべきか。
生活費財布に入れるのも違うだろうし、ひとまずは、服のポケットに仕舞っておこう。
「……それで、弁当チケットだけど」
居間に戻ると、ヒナはふたたびダイニングテーブルの自席につき、今度はマリーに視線を向けていた。
「チケットのスタンプつくる。マリー、できるだけ、難しい柄にして」
「いいの!?」
マリーが目を輝かせた。
シンボルマークや看板は、視認性が第一。誰もがパッと見て、タッパー亭だと認識できなければ意味がない。
しかし、チケットとなれば話が変わってくる。偽造防止のためには、可能なかぎり複雑な模様にするのが望ましい。
マリーは根が凝り性なのに、今までさんざん、分かりやすくしろ、シンプルにしろと言われ続けてきたのだ。
がぜん張りきり、ノートを広げてデザイン案を考えはじめた。ヒナも椅子を寄せ、彼女の手元を見つめている。
しかし、美的センスはおろか異世界文字の読み書き能力さえない俺には、何も手伝えることがない。
「……じゃあ、俺は店の掃除してくるね」
一階の清掃を終えた後、そのままひとりで市場に出かけた。
菓子店でクッキーを一袋購入し、店の二階に戻ってハーブティーを淹れ、作業中のふたりにおやつとして出した。
「……」
ヒナは、黙ってクッキーをつまんだ。差し入れ代の出どころは、追求されなかった。




