3-02. 謎解き
――マズいことになった、と思った。
ヒナはあからさまに怒っていた。男の子が「ヒッ」と声を上げて、俺の背後に隠れる。
「いや、これはその……えっと……」
「トーヤ。なぜ、タダで弁当あげた?」
ヒナがきっと睨みつけた。
タッパー亭は飲食店であり、慈善事業でやっているわけじゃない。いくら相手が子どもでも、無料で商品を提供するのは間違っている――ヒナの主張はもっともだ。何も反論できない。
「……まあ、良い。食べた分は、吐いてもらう」
ヒナが一歩前に出た。つられて一歩下がりかけたが、足元に男の子がいて動けない。彼は縋るような目で、こちらを見上げている。
そうだよな。俺がなんとかするしかない。
「いやっ、ヒナ……えっと……俺が勝手にやったことで! その、この子は、悪くないわけだから……だいたい、それで弁当が返ってくるわけじゃないんだし」
「……うん? ああ、違った? 話してもらう」
ヒナはちょっと首をかしげ、言い直した。
カウンター横の扉から中へ入り、休憩スペースの簡易椅子を持ってきて、立ち食いテーブルのそばに置いた。
「マリーの本で、詳しく話してもらうこと、『吐いてもらう』って言ってた。違うの?」
「……あー、うん。それは、普段話すときには、言わないほうが良いね」
マリーはいったい、何の本を読んでいたんだろう? ミステリ小説とか、異世界にもあるのだろうか。
続いてヒナは、厨房から穀物茶の余りを取ってきて、こちらへ差しだした。
俺が男の子に座るよう促し、コップを渡して『大丈夫だよ』と背中をさすると、彼はようやく落ち着いた様子で、小さくひと口飲む。
「それで? なんで、おなか空いてたの」
彼が飲み終わったのを見計らって、ヒナが尋ねた。
「えっと……おへや、はいれなくて……それで、ごはん、なくて……」
たどたどしく要領を得ない説明だったが、根気強く話を聞いた結果、だいたいの事情が判明した。
彼は今年の春、小学校に入学した。
勉強や集団生活など、何もかもが初めての体験。慣れない毎日に疲れており、今朝、母親が出勤した後『少しだけ』と部屋に戻ったところ、ガッツリ二度寝してしまった。
目を覚まし、慌てて学校へと走ったものの、すでに授業は始まっていた。
遅れて教室へ入り、みんなの前で先生に叱られたくない。そのまま家へ帰ってひとりで遊んでいたが、昼になり、家には食べるものがないと気づいた。
両親の店へ行ってみたけれど、サボりを叱られるのではと怖くなって、声を掛けられなかった。
帰る途中、とうとう空腹で動けなくなり、店の前に座り込んだ、と。
「……ふむ」
ヒナが唸った。彼自身、父親に放置されて行き場をなくし、路地でひとり座り込んで泣いていたことがあった。
まして、目の前にいるのはもっと幼い子ども。きっと、心を痛めているのだろう……。
「なぜ、お金持ってない? 小遣いは?」
さらに、鋭い口調で続けた。同情ではなく、尋問していた。
「……こないだ、500円、もらった。でも、もう、ないの」
男の子は、下を向いてぼそぼそと呟く。
なるほどな。おそらく彼は、就学を機に、小遣いを貰いはじめたのだろう。
ところが、まだ金銭感覚が身についておらず、貰ったそばから使ってしまったのだ。
「分かった。謎は、すべて解けた!」
ヒナが高らかに宣言した。
俺はそのセリフを聞いて、たぶん、異世界にもミステリ小説があるんだろうな、と考えた。




