2-44. シメの一杯
宴会が終わりに近づくと、俺とヒナは折り畳みテーブル(開始前は大量の串刺し肉が置かれていた)を拭いて麻布を敷き、行商カゴを置いた。
鍋敷きに大型ヤカンをスタンバイしたら、準備完了。
ようやく、隊商長――ヒナの父親がこちらへやってきて、異国語でヒナに話しかけた。
ヒナが何か説明すると、彼はふたたび宴会場に視線を向け、たき火を囲んでいる隊員たちに呼びかける。
隊員たちは各々、残った肉を食べたり金属コップの中身を飲み干したりしてから立ち上がり、テーブル前に列を作った。
ヒナがカゴから出した深皿に、隊商長がハーブティーを注ぎ、隊員たちに配っていく。
彼は隊員に深皿を手渡す時、かならず何か話しかけていた。内容は分からずとも、ひとりひとりに異なる言葉を掛けているのは分かった。
隊商に居る六十人以上もの隊員たちをきちんと把握し、それぞれに適切な声掛けをしているのだ。『部下に寄り添う』と口で言うのは簡単だが、そうそうできることじゃない。
俺はハーブティーの残量を気にしながら、列に並ぶ隊員たちを観察した。半数くらいはヒナと同じ褐色肌であり、逆に言えば、残り半数は違った。ヒナの言葉通り、若者が多い。
つまり、彼らはずっと同じメンバーで旅をしているのではなく、行く先々で人を勧誘し、隊員を増やしているのだろう。
初めて異世界に来た日、食事を御馳走してもらったことを思い出した。
あの時は、息子が連れてきた見るからに怪しい男をまったく警戒しないのに驚いたが、もしかすると、ヒナと父親の間では、ああいうことは日常茶飯事なのかもしれなかった。
「トーヤ! 次のヤカン」
ヒナが俺の服の裾を引いた。
俺は慌てて、二個目のヤカンを鍋敷きから取り上げた。軽くなったヤカンを引き取り、新しいヤカンを隊商長の手元に置く。
やがて、全員にお茶漬けが行きわたった。みんな、たき火のそばに座って、隊商長を見つめている。
彼は手元に置かれた深皿を見て、それから、行商カゴを覗き込んだ。お茶漬けは、それが最後の一杯だった。
「○○○○○?」
ヒナに何か尋ねた。ヒナはちらと俺の顔を見て、それから父親の顔を見て、誇らしげに答えた。
「ない。今日は、タッパー亭のヒナ!」
隊商長は頷き、なぜか深皿には手をつけず、たき火のほうへ戻っていった。年季の入った金属コップを取り上げ、中身をひと息にあおる。
こちらへ戻ってきて、スプーンでおにぎりを半分に割り、自分のコップに入れた。用心棒が、彼のコップにハーブティーを注いだ。
ふたりでたき火のほうへ戻った後、隊商長は隊員たちに何か声を掛け、こちらを振り向き、金属コップを高らかに掲げた。
「○○○○○○、○○○○!」
「「「○○○○!」」」
全員がこちらを見て、深皿を掲げ、食べはじめた。
言葉は分からずとも、ヒナの仕事を称えてくれたのだということは、俺にも理解できた。
隊商長はまたこちらへ背を向け、今度は香辛料店の老店主と話しはじめる。
「――っ!」
ヒナの大きな目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。でも、それは寂しさからの涙ではない。うれし泣きだった。
「お茶漬け、一緒に食べてきたら?」
小さな背中をさすって、声を掛けた。ヒナは顔を上げ、手のひらで目元を拭うと、「待ってて」と言い残し、テントを出る。
すぐに戻ってきた。その手には、金属コップひとつと、スプーン二本が握られていた。半分のおにぎりをスプーンでさらに半分に割り、片割れをコップに入れた。
俺はずいぶん軽くなったヤカンから、ヒナのコップにお茶を注いだ。ヤカンを渡すと、彼も深皿に注いだ。
「○○○○!」
ヒナがコップを掲げた。ちゃんと聞き取れなかったが、俺も深皿を掲げ、なんとなく復唱した。
深皿に口をつけ、ハーブティーをすする。
たった四分の一のおにぎりは、どんなに大事に食べても、せいぜい三口ぶんしかなかった。
あっという間に食べ終わり、ふたりで笑いあう。
人生最高の、シメの一杯だった。




