2-42. お茶漬け
翌日のまかないで、俺たちはお茶漬けの試作に取り掛かった。
お茶漬けは、至ってシンプルな料理。黄色おにぎりに温かいハーブティーを掛け、スプーンで割って食べる、言ってしまえばそれだけだ。
しかし今回の仕事は、ただ顧客の腹を満たすのが目的じゃない。
振舞いは、これから旅に出る隊員たちにとって、街での最後の楽しみ。それに何より、ヒナの商人としての晴れ舞台なのだ。レシピ開発に手は抜けない。
というわけで、市場で羊肉(もちろん精肉済み)と瓶ビールを買ってきた。
振舞いの時と同じく『羊肉を食べ、酒を飲んだ』状態で、つまり前提条件を揃えてから、実験する必要があると考えたのだ。
もちろん、まだ子どものヒナや、飲めない体質のマリーには飲ませられない。昼間からひとりで酒を飲むのは気が引けるが、より良い仕事をするためなので致し方ない。
おおざっぱに切り分けた肉を焼き、塩、スパイス、街の定番ソースなどで味付けした。
ヒナいわく、隊商のまかないでは、食材や調味料はすべて現地調達するという。
単純に、土地のものを食べるほうが安く済むのもあるが、現地の人々と話し、食材を買って調理することで、その土地の生活を体験・理解するというのが、隊商長の方針らしい。
「おいしい」
ヒナは、肉を口いっぱいに頬張ってご満悦の様子だった。羊肉は程よい歯ごたえで食べ応えがあり、風味豊か。宴会のご馳走にぴったりだ。
さて、次はビール。この街では、ビールはホットで飲むのが定番らしい。瓶ごと湯煎してもいいそうだが、時間がかかるため、今回は鍋に注いで直接火にかける。
日本人の感覚では、ビールといえば、キンキンに冷やして強炭酸の爽快なノド越しを楽しむ酒だ。炭酸の抜けた温かいビールを飲むのは、正直に言うと、なんだか奇妙な感覚だった。
また個人的には日本酒を飲みなれており、アルコール度数の低いビールではやや物足りない感もあったが、隊商は翌朝には旅に出るのだ。たくさん飲んでも残らない酒のほうが、出発前の宴会には相応しいのだろう。
ひととおり肉を食べ、ビールを瓶一本ぶん空けてから、お茶漬けの試作に取り掛かった。
黄色スパイスごはん(大皿で冷却済み)に、刻んだ漬物を混ぜる。今日はとりあえず味を見るため、麻布手袋で適当に握り、深皿に入れた。
マリーが淹れてくれたハーブティーを上から注ぐ。スプーンでおにぎりを崩し、ひと口すすった。
「うまっ!?」
シメのお茶漬けは、酒飲みのド定番。うまいに決まっているのだが、思わず声に出てしまった。
「うん、おいしいねえ。……お肉って、おいしいけど、たくさん食べると口やおなかが疲れちゃうでしょ。これ、あったかくて優しい味で、癒される」
マリーも同意して、木製スプーンに崩れたおにぎりをすくった。
ハーブティーの香り。漬物の塩味と歯ごたえ。スパイスが醸しだす複雑な味わい。何より白米の温かさとわずかな重みが、酒を飲んだ身体に沁みる。言うほど飲んでないけど。
「漬物、もう少し荒く刻んでみない? 普通のおにぎりだと、持つ時に崩れるけど、お茶漬けなら気にしなくていいし」
俺の提案に、マリーが頷いて続ける。
「お茶は、もう少し薄くてもいいと思うの。せっかくなら、スパイスを立てたいでしょ? ヒナの、ふるさとの味なんだから」
意見を出し合い、漬物の刻み方やお茶の濃さなど、少量ずつ試作して食べ比べた。
ヒナは珍しく、黙って聞いていた。
『餅は餅屋』の俺と同じく、『ラクダはラクダ飼いが引け』が彼の信条なのだろう。酒飲み男の好みは、酒飲み男に聞くべきなのだった。
◇ ◆ ◇
マリーとヒナが組合事務所に帰った後、俺はひとりで店舗と厨房を清掃し、水汲みや洗濯、二階居住スペースの掃除などの家事を終わらせた。
夕飯時だが、昼過ぎにたらふく食べたため、あまり腹は減っていない。
もう一本買っていたぬるい瓶ビールを開けた後、少し余らせておいた黄色スパイスごはんで、振舞い用お茶漬けをもう一度作り、すすった。
「………………あれ?」
なぜか、昼間に食べた時ほどうまいと思えなかった。なんでだ? 書き留めたレシピ通りに作ったはずなのに。
漬物の刻みかた、お茶の濃さ……。ノートに書き留めたレシピを指先でなぞりながら確認したが、どこでしくじったのか分からない。
マズいぞ、と焦った。レシピに再現性が無いのでは困る。何か重要なことを見落とし、ノートに書き留め損ねたのだろうか……。
「ああ……」
そこで、はたと気づく。レシピや味が違うんじゃない。前提条件が違うのだ。
昼から変わった条件はいろいろあった。羊肉を食べた後じゃなかったし、ホットビールの代わりに適当に注いだぬるいビールを飲んでいた。何度も試食を繰り返した後で、ひと口めの感動も薄れていた。
でも、たぶん、そういう問題じゃないだろうな、と思った。
同じテーブルに、マリーとヒナが居ない。お茶漬けの味が変わったのは、おそらくそれが一番の原因だ。
日本にいた頃、俺には個人的な飲み会に誘ってくれるような友人は居なかったが、弊社の歓迎会と忘年会には、仕事上の義務として参加していた。
居酒屋のコース料理は、たぶんうまかったんだろうと思う。
けれど、飲み会ぼっちの身の上では、いくらうまい料理を食べたところで、良い思い出にはなりようがなかった。
「……」
茶葉を買いに行った帰りの、ヒナの言葉を思い出した。
隊員たちは隊商長を父親のように慕っていると、彼は言っていた。開港祭の時、屋台でおにぎりを買ってもらった用心棒の表情を思い出した。
――きっと、彼らにとってシメのお茶漬けは、最高の一杯になる。そんなことを考えながら、すっかり冷めてしまった、深皿の中身をすすった。




