2-40. 要件定義
おにぎりとスープのまかないを食べた後、マリーがハーブティーを淹れてくれた。
一息ついたところで、とうとう満を持して、ヒナが話を切り出す。
「隊商の振舞い料理、考える!」
「あっ、それね、私、考えてみたんだけど」
マリーがカバンからノートを取りだして、ページをめくる。
「やっぱり、特別感のある料理が良いじゃない? 赤おにぎりと黄色おにぎりを並べて、お花みたいにしたら可愛いと思うの!」
「ああ、うん……演劇部への差し入れとかだと、喜ばれそうだね」
ノートに視線を落として、おずおずと返した。ただ、今回のお客は隊商であり、おそらく需要にはマッチしていないだろう。
「まずは、要件定義しようか」
と言った。ふたりが変な顔をしたので、言い直した。
「つまり、……お客のことをよく知って、お客は何が欲しいか考えよう、ってこと」
俺はつい先日まで、東京の中小IT企業に勤めていた。
ITと聞いて一般日本人が想像するのは、たとえばエックスみたいな有名どころだろう。企業が一方的に提供するものを、ユーザが黙って――あるいは文句を言いながら――使う形態のサービスだ。
しかしそういった一般向けの巨大市場は大企業の独壇場であり、日本のいち中小企業には、とても参入の余地はない。
では、元弊社は何の仕事をしていたか。
それは、特定の顧客に特化した、特殊なシステムを構築することだった。
そのためにはまず、顧客がどういう仕事をしている人たちで、何を必要としているかを、丁寧に聞き出す必要がある。
この工程をおろそかにすると、顧客にとってカネを払うに値しないシステムが出来上がり、それがバレた段階でプロジェクトが炎上する。
というか、こないだ炎上したけど。
「ヒナ。隊商には、どんな人たちがいるの」
尋ねると、ヒナはすぐに、よどみなく答えた。
「隊商長、パパ。交渉役。帳簿係。薬師。ラクダ飼い。荷役。護衛。見習い。みんなで、六十三人」
そこで少し考えて、言い直した。
「たぶん、スパイスのおじさん来る。六十四人」
「年齢は?」
「おじさんも、にーちゃんもいる。にーちゃんが多い」
「ウチの他には、どんな料理が出る?」
「羊、つぶす。肉焼いて、食べる。それと、お酒」
一瞬、羊を潰す様子を想像しかけたが、視線を逸らして強制シャットアウトした。少し震える声で、話を変える。
「なるほど。……予算は?」
「パパ、詳しく言わなかった。ヒナが好きにしていい、ってこと。良い商売できるか、試してる!」
ヒナは嬉しそうだった。あの父親にひとりの商売人として見てもらえているのが、よほど誇らしいのだろうな。
「じゃあヒナは、いくらが良いと思う?」
「ひとり300円。六十四個に、配達のお金入れて、2万。良い料理、ある?」
予算は、おにぎり一個程度か。まず、この時点で量を用意するのは難しい。塩むすび食べ放題、みたいなことはできないわけだ。
もちろん、せっかくのヒナの晴れ舞台なのだから、採算を度外視することもできる。
だが、それでは商売にならない。ヒナが許すはずがない。
――では、どうする? 男所帯で若者の多い、つまり食欲旺盛であろう隊商の顧客に、少量でも満足してもらえる。そんな都合のいい料理があるだろうか?
「『ラクダはラクダ飼いが引け』っていう。シロの料理、いちばん詳しいの、トーヤ」
その言葉で、ふと思い出した。初めてこの部屋で茶を飲んだ時、ヒナは確かこう言っていた。
「ヒナ。前に、『一緒のヤカンでお茶を飲んだ友だち』って言ってたよね?」
「うん」
「なら、……シメのお茶漬け、どうかな」
ガッツリ食べて空腹を満たすのは、主菜の羊焼肉に任せればいい。
タッパー亭は、いちばん最後にシメのお茶漬けを出し、同じヤカンからお茶を注いでもらう。食欲ではなく、仲間の絆を再確認し、心を満たすキッカケを提供するのだ。
趣旨を説明すると、ヒナはぱっと目を輝かせた。
「良い!」
メニューは決まった。では、次はレシピの開発だ。




