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2-39. まかない

 昼前、若い男が店にやって来た。


 ヒナは木札を受け取ると、今朝がた大口注文を受けて増産した日替わりおにぎり弁当を、彼が持ってきた両手鍋に詰めた。


「ありがとうございました」


 愛想よく言った。


 しかし彼はなぜかそのまま出て行かず、ちらっとのれんの奥を伺うようなそぶりをして、ヒナに尋ねる。


「……あの子は?」

「いない」


 ヒナがキッパリと答えると、彼は残念そうな顔をして、両手鍋を手に去っていった。


 腕時計を見ると、正午前。日替わり弁当は完売し、単品おにぎりが何個か余った程度だった。わざわざ市場に売りに行くほどの在庫でもないため、昼のまかないとして食べることにした。


 表の木製シャッターを閉め、裏口から庭に出て、階段下倉庫の扉をわずかに開ける。


 階段下倉庫は北向きで日が当たらず、かつ、冷たい水が流れる水路の真上に作られているため、水冷庫として使えるのだ。


 もちろん、日本の冷蔵庫のような低温は望めないが、手を差し入れるとほんのり冷気を感じる程度には涼しい。


 近ごろ気温が上がってきたので、傷みやすい食材は、水路に近い下段に仕舞うようにしていた。卵とニンジン、タマネギを取りだして、階段を上がる。


 居間に入り、ストーブの扉を開けた。


 炉の内壁には所々、小さな突起がついており、金属板を載せられる。薪や鍋を置く位置によって、コンロやオーブンになる仕組みだ。


 今回は、上から四分の一ほどの場所に設置した仕切りに薪を載せて、コンロとして使う。木くずに火打石で着火。流しの横についている調理台で野菜をざく切りにし、スパイスを投入した水で煮る。


「あの、大口のお客は、どういう人だったの?」


 ずっと気になっていたことを尋ねた。ヒナはソファに座ってマリー提供の絵本(文字の勉強用)を読んでいたが、顔を上げて答える。


 いわく、あの女性客は、中規模店舗の若おかみだろうとのことだった。


 組合では、毎日マリーが昼食を作っている。しかし、食事づくりに専門の従業員を雇えるのは、ごく一部の大店だけ。


 従業員数人程度の中規模店舗の場合は、まかない担当者があらかじめ飲食店に料理を注文しておき、雑用係が昼前に受け取りに行く運用が一般的なのだという。


「さっきの男、開港祭の屋台に来た。たぶん昨日、若おかみに、タッパー亭の話した。料理取りに来るの、自分。マリーに会えると思った」


 冷ややかに言った。しかし、ヒナはあの行列を捌きながら、ちゃんと客の顔を覚えていたのか。さすがだな……。


「でも、大口のお客がついたのは、嬉しい。同じ店、毎日は頼まないけど、またすぐ来る」


「そうなの?」

「うん。だって、毎日違う店選ぶの、大変でしょ」


 マリーも『毎日の献立を考えるのが大変』だと言っていたな、と思い出した。


 俺も、自炊タッパー弁当時代は週五回同じものを食べ、さらにレシピのルーティンを決めていた。


 きっとあの若おかみも、朝からバタバタと家族の食事を作り、昼のまかないをどこに頼むか考えながら出勤し、夕食の献立に頭を悩ませながら帰路につくのだろう。


 俺なら、絶対に週五のルーティンを組む。毎週金曜日はカレー、みたいな感じで。


「それに、若おかみ、みんな友だち。きっと、他も大口のお客来る」


 鍋が煮立って野菜が柔らかくなったら、解き卵をスープに回し入れる。卵に火が通るまで加熱して、完成。


 その時、廊下の向こうで、玄関扉の開く音がした。


 組合職員たちに昼食を出し終えたマリーが、店に帰ってきたのだ。

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