2-38. 大口客
翌朝から、タッパー亭はまた通常通り、日の出と共に店舗営業を始めた。
開港祭の二日後だった。市場へ出勤する人波が落ち着いた頃、ヒナとダベっていると、「こんにちは」と声が掛かった。
「いらっしゃいませ」
ヒナが素早く応じた。今度の客は、幼い男の子の手を引き、抱っこ紐の中に赤ん坊を連れた女性だった。イートインスペースをちらと見て、言った。
「あら、ここで食べられるの?」
「うん」
「じゃ、日替わり弁当? ひとつ、貰えるかしら」
「お会計、500円です」
女性客は硬貨と引き換えに弁当の包みを受け取って、イートインスペースへ向かった。
立ち食い用テーブルに包みを置くと、ストーブ上のヤカンを取って、使い捨てカップに穀物茶を注ぐ。
その間に、ヒナがカウンター横から出て駆け寄った。包みを割り、底を少し押し上げて食べやすくしてから、女性客に差しだした。
「あら、ありがとう。気が利くのね」
「ふふん」
彼女はヒナの手からおにぎりを受け取ると、ひとつを男の子に渡し、片割れをひと口食べた。赤ん坊が興味津々に見上げ、手を伸ばす。
「……あなたは、さっき食べたでしょ。これは、ママの」
優しく諭したが、聞く耳を持っている様子はなかった。うちの甥っ子みたいだなと思った。
俺は中学生の頃、兄夫婦が家事や食事をしている間に甥っ子と遊ぶ、というスキマバイトをしていた。
彼はとにかく食い意地が張っており、両親が食べているものなら何にでも手を伸ばすため、誰かが食卓から引きはがしておかないと、兄夫婦はゆっくり食べられないのだった。
「……あの、お子さん、抱いてましょうか?」
「え?」
女性客がこちらを見た。しまった、と後悔する。つい、実家のノリで声を掛けてしまったが、初対面の成人男性としては完全に不審者のセリフだ。
「あっ、えと……ヒナが。ねっ」
「いいの? 赤ちゃん、だっこ、したことない」
ヒナが不安げにこちらを見た。興味はあるが、技術面が不安らしい。まいったな。
女性客は、背後の通りへちらと視線を向けた。出勤には少し遅い時間帯であり、ほとんど人影はない。
「じゃあ、お願いします」
と言った。
たぶん、道端で同じように声を掛けたら、不審者扱いされただろう。
しかしここはタッパー亭の実店舗であり、俺はその従業員。問題を起こせば、店の信用にかかわる。ならば、妙なことはしないと踏んだようだった。
カウンター横から出ていって赤ん坊を受け取ると、案の定、大泣きされた。まあ、これは赤ん坊に標準装備されている防犯機能なので、致し方ない。
なんとか宥めようとしている間に、女性客は素早くおにぎりを食べ、穀物茶で流し込んだ。
どうせ他に客は居ないのだし、ゆっくりしてくれても構わなかったが、子どもが自分を求めて泣いているのは心が痛むのだろう。
「ありがとうございました」
食べ終わった女性客に、赤ん坊を返却した。彼女はまだ泣いている子どもを揺すってあやしながら、こちらを見て口を開く。
「今日のお昼に、十人前、お願いできます? 日替わり弁当」
「え?」
「はいっ。日替わり弁当、十個、今日のお昼ですね」
ヒナが元気よく復唱すると、女性客は再びカウンターに向かい、会計トレイに異世界5千円札を置いた。
ヒナは、カウンターの手元に提がっている小さな木札をひとつ取って、彼女に手渡す。
「じゃ、昼前にウチの者を寄越しますから、よろしく」
男の子が食べ終わると、女性客はそう言い置いて、店を去っていった。俺はその後ろ姿を、ぽかんとして見送った。
「ふふん。大口客!」
ヒナは嬉しそうだった。木札用の金具に、注文内容を書きつけたらしい、手書きメモを刺した。




