2-37. 演劇部
「ただいま。あ、トーヤ、おかえり!」
三十分ほど経って、マリーが帰ってきた。
女学校の劇が終わったらしく、屋台通りには人が戻りはじめている。
「おかえり、マリー。劇、どうだった?」
「うん、良かったよ。ごめんねヒナ、店番お願いしちゃって。忙しかった?」
「ううん。劇の時、お客ぜんぜん来なかった」
「大盛況だったもんねえ。座りきれなくて、立ち見の人もたくさん居たし」
軽く話した後、マリーが売り込みを始めると、すぐに行列ができた。
まず、マリーのよく通る声に惹かれた人たちがわらわら寄ってきて、その後は、『あの屋台に行列ができている』という好奇心からさらに人が並び、以下無限ループ、という感じだった。
そういうわけで、俺が数時間かけて準備した二度目の百五十個の二色おにぎりは、あっけなく完売した。
「ヒナ、先に帰るね。……ごゆっくり」
売り物がなくなると、ヒナはそう言い残し、ひとりでさっさと組合事務所へ戻っていった。
マリーが祭り会場を案内してくれると言うので、俺は彼女についていくことにした。
港に、交易船が停泊していた。大航海時代の船と言われて想像するような、大型帆船だった。
マリーいわく、今日は祭りで船員たちを歓迎し、明日から本格的な商談が始まるのだという。
よその屋台で軽食を買ったり、ゲームをしたりしながら、会場を一周した。ステージに立ち寄ると、交易船に乗ってきた旅の楽団が、異国の音楽を奏でている。
祭りは夜中まで続くとのことだったが、早朝からせわしなく働いたので、クタクタだった。楽団の演奏を聞き終わったタイミングで、帰路につく。
「……マリー、大丈夫? 疲れた?」
と尋ねた。会場を回っている間は楽しそうだったのに、今はなんだかボンヤリしている。
最初は「大丈夫、なんでもない」と誤魔化していたマリーだったが、だんだん暗くなってきた空を見上げ、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「……私、大店の娘でしょ。女学校の生徒はほとんど商人の娘だから、みんな気を遣っちゃってね。演劇部に入ったばかりの頃、いきなりヒロイン役に選ばれたの」
話を聞きながら、まあ、マリーがヒロイン役に選ばれた理由はそれだけではないだろうな、と考えた。
仮にマリーが村人A役だったとして、彼女が舞台に立った瞬間、観客の視線はすべてマリーに注がれてしまう。誰も話の本筋に集中できず、劇が成立しない。
だから、マリーを劇に出すならば、その時点で、最も注目されるべきヒロイン役にするしかないのだ。
「私、役にふさわしい演技をしようって、一生懸命に練習して……その劇は、すごく評判が良かったの。もちろん最初は、嬉しかったんだけど」
そこで彼女は数秒、言いよどんだ。うつむいて、続けた。
「でも、私はその後もずっと、ヒロイン役ばかりでね。演劇部に入ったのは、開港祭の公演を見て……先輩が演じてた、商人の役に憧れたからだったのに」
口には出さなかったが、すごい悩みだな、というのが第一印象だった。
これが『頑張っているのに良い役が貰えない』ならば、誰にでも理解できるだろう。
しかしマリーは、誰もが羨むであろうヒロイン役しか貰えなかった、と言っているのだ。
しかし、客観的に見て明らかに得をしていても、それを本人が望んでいるとは限らない、という状況には、心当たりがあった。
俺だって、子どもの頃は『自分だけが誕生日ケーキを多く貰えるのが嫌だ』と悩んでいたのだ。もちろん、マリーの悩みとは比べ物にならないチャチさだが、類型ではあると思う。
「でも、考えてみたら当然。だって、部にはあのエリザ先輩が居たんだから。結局、いつも先輩がヒーロー役で、わたしがヒロイン役だった」
確かに、エリザ嬢はすらりと背が高く、勝ち気な美人と表現するのがピッタリの人物だった。可憐なマリーと共に舞台に並べば、さぞや絵になったことだろう。
「あれ。でも、先輩なんだから、マリーより先に卒業したんだよね? その後は?」
「……私、演者は二年で引退したの。三年目は、監督をやってた」
「どうして」
「私が舞台に居ると、劇全体の雰囲気を壊しちゃうから。悪目立ちするくらいなら、居ないほうが良い」
マリーは、ただ座っているだけでも、モデルと見まがうほどの存在感の持ち主だった。
そんな彼女が、他の生徒たちと共に、文化祭のステージに立っている様子を想像した。ちぐはぐだと言われたら、反論はできなかった。
「でもね、夢は叶ったんだよ。だって今の私は、本物の商人――タッパー亭の、店主なんだから」
そう続けて、マリーは微笑んだ。
彼女の演劇人生は、華やかなようでいて、その実は不完全燃焼だったのだろう。マリーはその続きを、今、演じているのかもしれなかった。




