2-36. 開港祭
いよいよ、開港祭当日を迎えた。
俺たちは朝から厨房に集合し、スパイスごはんを炊き、特別仕様の二色おにぎりを製作した。
炊飯鍋をひとつ追加し、赤と黄色のスパイスで、それぞれ二升半ずつ炊きあげた。
普段は一日二升しか炊かないので、この時点ですでに倍量以上であり、普段より工程も多いので時間がかかったが、なんとか九時すぎには一度目の仕込みが完了した。
行商カゴ(店の経費で購入)に清潔な麻布を敷き、おにぎり包装を詰めていく。上に木板で仕切りをし、さらに積む。四段目で、どうにか、百五十個ぜんぶ収まった。
おにぎりだけで約15キロあり、ずっしりと重い。両肩に背負い紐が食い込んだが、まあ、今日一日くらいなら何とかなるだろう。行商人なら、毎日やっていることだ。
俺たちは徒歩で、港の祭り会場へ向かった。会場設営は冬の仕事を終えた木工組合の職人たちが行っており、木製の屋台骨に、麻布製の屋根が括りつけられていた。
マリーの話では、屋台は祭りの後に解体され、薪や手ぬぐいとして、街や周辺農村部の貧しい人々に分け与えられるらしい。
祭りは単なる娯楽ではなく、慈善活動の一環でもあるわけだ。
「ここが、私たちの屋台だよ」
到着するなり、マリーは嬉々として屋台の装飾に取り掛かったが、俺は行商カゴを置いてすぐ店へ戻った。ふたたび二色おにぎりを量産し、次に祭り会場に戻った時には十五時過ぎだった。
二度目のおにぎりを持ち込んだ時には、最初の百五十個は、すでに完売していた。ヒナは手持ちぶさたに座っており、「おそい」とこちらを睨む。
「あれ、マリーは?」
「劇を見に行った。コーハイが出るんだって」
「ああ……」
「トーヤも、見てきたら?」
ヒナはそう勧めてくれたが、小学生ひとりに店番を任せて祭り見物は、さすがに気が引けた。もっとも、俺が屋台に居たところで、何かの役に立つわけでもないが。
それ以前の問題として、昼の需要が落ち着いたからなのか、屋台通りにはほとんど人が居なかった。どこの店主も暇そうにしている。
「みんな、劇を見てる。終わったら、戻ってくるよ」
ヒナが説明した。
マリーの古巣である女学校の演劇部は、華やかな美人揃いと評判であり、街ではアイドルのような存在らしい。俺はマリーとエリザ嬢しか知らないが、何となく想像はつく。
あまりにも人が来ないので、暇を持てあましてダベっていると、ふと、通りの向こうから男がひとり現れた。
少し変わった、しかし見覚えのある出で立ちだった。護衛らしい、屈強な男をひとり連れている。
「ヒナ!」
「え?」
思わず指さすと、ヒナが振り返った。ややあって、「パパ」と呟いた。
「オニギリ○○○○、○○○○○○?」
故郷の言葉らしく、俺には発言内容は聞き取れなかったが、二色おにぎりを注文したようだった。
ヒナはすぐさま「300円」と回答する。
受け取った500円硬貨をいったん会計台に置いて、おつり箱から200円返却した。
届けたばかりの行商カゴからおにぎり包装をひとつ取りだして半分に割り、父親に差しだした。
彼は周囲を一瞥した後、その場でおにぎりをひと口頬張った。ヒナはその様子を、固唾をのんで見つめていた。
「ヒナ」
飲み込んで、父親が口を開く。
「○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○。○○○○○○」
「――っ! ○○○○!」
ヒナが答えると、父親はもうひとつおにぎりを注文し、ちょうど300円支払った。今度は背後にいる用心棒っぽい屈強な男に渡して、ふたりで食べながらどこかへ去っていった。仲良いな……。
ヒナはその後ろ姿を、呆然と見送っていた。しばらく経って、やっとの様子で呟いた。
「……振舞いに、一品、出してほしい、って」
「ふるまい?」
「うん。パパ、街を出る前の夜、隊商のみんなに、振舞いする。みんなでおいしいごはん食べて、お酒飲んで、歌って……次の日、旅に出る」
ああ。宴会への仕出しの注文が入った、ってことか。
それは、つまり――。
「トーヤ! パパ、ヒナの仕事、認めた!」
ヒナが飛び掛かってきた。「ぐえ」と変な声が出て後ろに倒れそうになったが、何とか踏みとどまった。
「よかったね」
そう声を掛けて、小刻みに震えている、小さな背中をさすった。
もちろん、商人の世界は甘くはないのだろう。しかし、たった十歳やそこらの子どもをここまで追い詰めなければ、立派な商人にはなれないのだろうか?
やるせない気分になったが、顔を上げたヒナはとても嬉しそうで、俺にはそれ以上、何も言えなかった。




