2-35. 仕入れ
毎朝五時に起床。身支度、健康チェックを済ませた後、炊飯手順書を確認し、米を仕込みはじめる。
炊きあがる頃に、市場で仕入れを終えたマリーとヒナが出勤。
調理手順書読み合わせの後、日替わり弁当や単品用具材を調理し、七時開店。客足が落ち着いたら、交代で朝食をとる。
十二時には店舗の木製シャッターを下ろし、売れ残りがあれば市場へ行商に出る。
戻ってまかないの昼食を食べ、店舗や厨房の掃除をしたら、一日の業務は終了。
それが、タッパー亭の日々のルーティンになった。
業務終了後、俺は週に二回ほど、米を仕入れに行くと言って日本に戻った。
初めは、もし一緒に行くと言われたらどうしよう、とおそるおそる切り出したのだが、マリーとヒナは米の仕入れ先には特に関心を示さず、普通に『いってらっしゃい』と送り出してくれた。
「………………」
俺は日本の古アパートに戻ると、まず着てきた地球世界衣服を洗濯し、シャワーを浴びた。
異世界の人々には毎日風呂に入る習慣はなく、マリーやヒナの会話を聞くかぎりでは、週一回程度、公衆サウナで汗を流すのが一般的らしい。
日本人としてはちょっと気後れする頻度だが、異世界に居る間は、不思議とあまり気にならなかった。
たぶん、あの穴をくぐることで、俺の肌感覚が向こう側の人々と合致するようチューニングされるのだろう。
さっぱりした後、二軒隣の大家さん(アパート所有者)の部屋を訪ねた。
古アパートには宅配ボックスなる文明の利器は存在しなかったが、入居者たちは昼間、部屋に居ないことが多い。
それで、不在時の宅配荷物は大家さんが預かり、隣の空き部屋に入れておいてくれるのだ。
30キロ米袋を引き取り、部屋に戻る。
入居当初は上階の住人の足音がうるさく辟易したが、このときばかりは一階の部屋を借りてよかった、と心の底から過去の自分に感謝した。
米袋を部屋に入れたら、次は米の仕入れ作業。
まずは、カラの麻袋に米を二升(3キロ)ずつ補充する。
帰宅ラッシュと逆方向のため電車では座れたが、自宅最寄り駅まで、また元弊社最寄り駅から店舗までは歩かなければならないため、一度に運べるのはせいぜい四袋だった。
それから、百均で買ってきた貯金箱に、米12キロの仕入れ代金である1万2千円相当の異世界通貨を投入した。
俺は米を補充するたび、仕入れ代金を古アパートに置いて帰るようにしていた。
もちろん、兄の通販サイトへの支払いには日本円しか使えないので、異世界通貨は必要ない。
しかしこういうことは、きちんとしておかないと後で必ずボロが出る。
俺は自分の嘘をつく能力を信用しておらず、どうしても嘘をつかなければならない場合は、可能な限り嘘にならないよう心がけていた。『米代貯金』は、その一環だった。
不思議なことに、異世界通貨は、異世界に居るときは日本円の紙幣や硬貨に見えるのに、例の穴をくぐって日本に戻ると『異世界っぽい謎の硬貨』に変化していた。
異世界通貨が500円や5千円の価値を持つのは、穴の向こう側だけだ。
日本にあるかぎり、異世界通貨には価値がない。だから、まるで子どものおもちゃみたいな、チープな硬貨に変換されるのだろう。
仕入れ作業を終えた後は、スマホやラップトップで、メッセージアプリや最近のニュースなどをチェックした。母親は、またドラマの感想を送ってきていた。
ふと、去年だか一昨年だかの春を思い出した。
当時、母親は朝のショートドラマにドハマりしており、毎回のように感想文を書いて寄越した。
特に、主人公の家に居候する冴えない書生の男が俺とダブって見えたらしく、彼が主人公と結婚する回や出征回、戦死が知らされた回などは、何度もスクロールしないと読めないほどの長文感想が送られてきた。
『かっこ悪くてもいいの。東京が嫌になったら、いつでも帰ってくるんだよ』
感想文の最後は、そう締めくくられていた。さすがに既読無視できず、『大丈夫だって』とか適当に返した記憶がある。
――俺は東京での会社員生活が嫌になった結果、今度は異世界に逃げ出したのだろうか。
中学卒業後に進学で家を出た時も、卒業して大学へ編入した時も、修士課程に進んだ時も、東京で就職した時もそうだった。
俺はずっと、何かから逃げ続けた結果、気づけば異世界在住の身になっていたのだった。




