2-34. 開店
数日かけて市場の小規模店エリアを回り営業活動を行った後、タッパー亭は、いよいよ実店舗の開店に至った。
店の前にはルカが作った看板が立ち、マリーの字で、日替わり弁当や単品おにぎりのメニューが記された。
「お、やってるね」
開店日、例の露天商がやってきた。彼はカウンターと反対側に設けたイートインスペース(ヤカン載せストーブとルカ作の立ち食い用テーブル)を一瞥し、ヒナに話しかける。
「ここでも食べれるの?」
「うん。食べてく?」
「そうしよっかな。寒いし」
彼は日替わり弁当と、単品おにぎり二個(肉そぼろ・魚フレーク)を注文した。
日替わり弁当は、あらかじめ包装済みの状態でカウンター横の机に積んであり、すぐに手渡せる。
奥の厨房で包んでもらった単品おにぎりを受け取り戻った時には、彼は日替わり弁当を食べ、サービスの穀物茶を飲みながら、ヒナと話していた。
「そういえば、表に『ハチミツおにぎり』って書いてあったけど、あれ何?」
すると、奥の厨房にいたマリーが出てきて、期待に満ちた笑顔で露天商に話しかける。
「ハチミツおにぎりに、ご興味がおありですか!?」
「えっ……」
彼は手元の使い捨てカップを取り落としそうになったが、なんとか耐えた。
マリーを見て二、三秒固まった後、天井へ視線を移した。たぶん、ハチミツおにぎりの味を脳内でシミュレートしているのだろう。
「え、えっと……」
「にーちゃん、甘いの好きじゃない。やめたほうが良い」
「うん……」
ヒナの助け舟に彼が呆然と頷くと、マリーは「そうですか」と残念そうな顔をして去っていった。
マリーを失望させるのは心が痛むだろうが、迷うなら食べないほうが良いと思う。あれは、半端な覚悟で手を出していい代物じゃない。
「ねえ、あの子だれ? いつもは居ないよね?」
ヒナから昼食用の包みを受け取りながら、露天商が尋ねる。
「マリー? ここの店主。商人親方の娘」
「あ、そうなんだ……」
彼は少し声を落とすと、ストーブに食べ終わった容器を放り込んで、店を出て行った。
「いらっしゃいませ!」
入れ替わりにまたひとり、客がやって来て、ヒナがにこやかに話しかけた。
今度の客は、日替わり弁当ひとつを注文した。代金と引き換えに弁当を受け取ると、十数秒とたたないうちに、足早に店を去っていった。
◇ ◆ ◇
市場に出勤する人波は、八時半過ぎにはいったん落ち着いた。もうしばらくしたら交代で朝食をとろうかと話していると、見知った顔が店先に現れた。
組合の受付嬢だった。おそらく、これから組合事務所に出勤するのだろう。
「おはよう。ほんとに店、始めたんだ」
店内を見回して、感心したように言った。
開店にあたってはいろいろと組合の世話になっており、彼女も準備が進んでいるのは知っていたはずだが、いざ実店舗を見ると感慨深いものがあるようだ。
「ハチミツおにぎり、ふたつ貰える?」
「マリー」
ヒナが、カウンター奥にあるのれんの向こうに話しかけた。マリーは、洗った手を拭きながら顔を出す。
「あら、エリザ先輩。おはようございます。今から出勤ですか?」
「ハチミツおにぎり、注文入った」
「えっ!」
マリーはパッと目を輝かせ、すぐさま奥へ引っ込んだ。
「……先輩?」
疑問を口にすると、組合の受付嬢――エリザ嬢は、「うん」と頷いて、イートインスペースのテーブルに小さなカバンを置く。
「マリーとは、女学校の演劇部で一緒だったの。昔から行動力のある子だったけど、まさか、自分の店を持つなんてね」
と言って、サービスの穀物茶を使い捨てカップに注いだ。
数分後、マリーはハチミツおにぎりを四つ作り、陶器皿に並べてきた。ティーカップにハーブティーも淹れて、どうやら、エリザ嬢とふたりで朝食にするようだった。




