2-32. 香辛料店
俺たちは翌日から、日替わりおにぎり弁当を引っ提げ、市場の開店準備が落ち着いた時間帯を狙って行商を再開した。
ヒナは弁当と一緒にチラシを渡し、開店日や店の場所などを、簡潔かつ丁寧に説明していた。開店直後の時間帯はまだ市場を訪れる客もまばらなため、店主たちはたいてい話を聞いてくれた。
「オニギリ少年、開港祭に出るの?」
例の露天商の男は、チラシを一読して手元に置いた後、二個買ったおにぎり弁当のひとつを開けながら、ヒナに話しかけた。
「うん。街の人、みんな来るから。大口のお客、見つける!」
「ははっ。相変わらず抜け目ないね」
と笑って、使い捨てコップにお湯を注いだ。
開港祭とは初耳だったが、おそらくチラシに書いてあったのだろう。帰路で尋ねてみると、ヒナは「うん」と頷いて説明した。
「開港祭の時、街の人、みんな交易船を見にくる。学校の子どもたち、歌、踊り、劇とか見せる。ごはんの屋台もたくさん出る。タッパー亭の屋台も出す」
「なるほど」
今は、メインターゲットが居る市場の小規模店エリアで営業活動をしているわけだが、祭りに出れば、多くの街の人々の目に触れる。
店の認知度が上がれば、他にも客がつくかもしれないと考えたわけか。
「――祭り、パパも来る。今度は、弁当、買ってもらう」
口調は静かだったが、握る手に力がこもるのが分かった。
そうだったな。以前、組合事務所前で売り込んだ時には、会食続きだからと、弁当は買ってくれなかった。
だからヒナとしては、今度こそ自分の売る弁当を食べてもらい、父親に商才を認めてほしいのだ。
「祭りの店、特別なおにぎり出す。トーヤ、一緒に考えて」
「うん」
頷き、小さな手を握り返した。ほんのわずかだが、街に潮の匂いが漂いはじめた気がした。
◇ ◆ ◇
「祭りの日は、見た目、良くする」
ヒナの宣言に、マリーはぱっと表情を輝かせた。
さんざん、ヒナに『シンプルに、分かりやすくしろ』と言われ続けてきたため、凝り性のマリーとしては、ずいぶんと鬱憤が溜まっていたのだろう。
「じゃあ私、包装材のデザインしようか? ルカに版木を頼んで、チラシみたいに摺ったらどうかな!」
「いや、……それはちょっと。包装材をお湯にくぐらせたときに、インクが溶け出すかもしれないし……衛生上、よくないと思う」
控えめに反論すると、マリーは露骨に残念そうな顔をした。
とても申し訳ないが、しかし食品を販売する以上、安全性を犠牲にするわけにはいかない。
「トーヤ、シロにスパイス混ぜるの、作れる?」
「うん。それは良いと思う。俺の故郷にもあったし」
我が家は白米至上主義だが、混ぜものをして炊いた米は地球世界にも普通にあった。炊き込みご飯とか、サフランライスとか、給食で食べたことはある。
「じゃあ、スパイス、買いに行く。昼のまかないで、作ってみる」
ヒナが立ち上がった。
普段話し合うのは昼のまかない後だったが、今日は朝から行商をしてきたため、まだ正午にもなっていなかった。
三人連れ立って、市場にある、ヒナ御用達の香辛料店を訪れた。異国情緒スープの素は、いつもここで調合してもらっているのだという。
褐色肌の老店主は、ヒナに気づくと、孫を見るような細い目で彼に微笑みかけた。ヒナによると、彼はヒナの父親の古馴染みであり、店にある香辛料は、父親が卸しているらしい。
「○○○○、○○○○○。○○、○○○○○○○○○○○○○○○」
ヒナが話しかけたが、何と言ったのか、まったく聞き取れなかった。久々の感覚だ。
おそらく、この国ではなく、ヒナの故郷の言葉で話しかけているのだろう。普段のヒナの、ややカタコトの発話と違って、流れるような口ぶりだった。
「○○○○○○○。○○○○○○○○、○○○○○○○○○。○○○、○○○○○○○○○○○○○○。○○○○○○○○、○○○○○○○○○○。○○○、○○○○○○○?」
それからヒナは、持参したおにぎり弁当の包装をふたつに割り、片割れを老店主に差しだした。
今朝、ひとつだけカゴに入れず店に置いていったのを不思議に思っていたのだが、このために取っておいたのか。
老店主はおにぎりを受け取ると、まじまじと眺める。
「○○○○○。○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○」
ヒナが食べてみるよう勧めたのだろう、一口かじり、手元の台に置いた。
それから、いくつかの袋から適当にスパイスをすくって小さな麻袋に流し込み、口を紐で縛る。もう一度、別のスパイスで同じ作業をしてから、二袋をまとめてヒナに差しだした。
「千円」
今度は聞き取れた。ヒナは500円硬貨二枚で支払い、袋を受け取って振り向く。
俺とマリーはその様子を、ただ呆然と見つめていた。




