2-30. 日替わり
水汲み後、お湯を沸かしている間にタッパーを洗った。先に二人でハーブティーを飲んでいるところに、仕事を終えたマリーが現れる。
「さっき、組合にルカが来たの。これ、消費期限のスタンプ。チラシと看板は、まだしばらく掛かるって」
と言って、彼女はダイニングテーブルに新しいスタンプを置いた。
この店の場所は依頼の時に伝えたのだが、……まあ、時間的にマリーは組合に居ると踏んだのだろう。
「もう少し早く来てたら、試食に参加してほしかったんだけど。残念」
「ああ、うん……そうだね」
「トーヤ、なんだか疲れてる? お茶、もう一杯淹れようか?」
彼女は心配そうな顔をして、テーブルに置きっぱなしだったカラのポットを取り上げた。
疲れた原因はマリーだったが、心遣いはありがたい。わずかに残ったカップの中身を飲み干して、ソーサーに置く。
マリーが新しいお茶を注いだところで、ヒナが切り出した。
「それで、おにぎりの具、何持っていく? たくさんはムリ。二個か、三個かな」
「それなら……」
「ハチミツはダメ」
ヒナが先制すると、マリーは唇を尖らせ「違うよ」と続ける。
「中身は、秘密にしたらどうかな? 食べてみるまで、何が入ってるか分からないの。ワクワクするでしょ!」
「……でも、嫌いなもの入ってたら、イヤじゃない?」
ヒナがこちらを見た。明らかに『シークレット弁当にハチミツおにぎりが入っていたらどう思うか』という意図だった。
「まあ、苦手な人が多いものは入れない前提で……選ばせないのは、アリじゃないかな。在庫管理が簡単だし、客の立場でも、選択肢がないのってラクなんだよね」
なにせ弁当を買うのは、朝の忙しい時間帯なのだ。昼の自分が何を食べたいか考えて選択するのは、結構なストレスになる。
個人的にも、大学時代、学食では毎回『Aランチ』と決めていた。メニュー表の前でずっと悩んでいると迷惑だし、すぐに席が埋まってしまうので。
「行商で売るのは、日替わり弁当だけ。中身は、メニューに書いておく。店舗販売では、日替わり弁当と、選びたい人のための単品を用意する。どうかな?」
「それ、すっごく良いと思う!」
マリーが身を乗りだした。
「……三食作ってるとね、献立を考えるの、本当に大変なの。誰かが勝手に決めてくれないかなって思っちゃう。父さんに聞いても、『なんでもいい』としか言わないし」
しみじみと続けた。
彼女の場合、家族の食事だけならばまだしも、昼のまかないは、赤の他人である職員たちが食べるのだ。献立をどうするか、日々頭を悩ませているのだろう。
「じゃあ、ひとつはヒナが決める。肉と卵、混ぜたの」
「好きだね、それ……」
「ヒナだけの好きじゃない。最初に配達した時、ヒナ、みんなに聞いた。肉と卵、みんな好きだった」
そんなこともあったな、と思い出した。もうずっと前のことのような気がした。初回アンケートで実家の米を絶賛されなければ、俺は今、ここには居なかったかもしれない。
「もうひとつは、野菜か漬物。食べた感じ、ぜんぜん違うのが良い。トーヤ、何が良い?」
「そうだね。きんぴらは? あれも、組合の人たちの評判良かったよ」
「決まり」
と頷いた。マリーは、少しだけでいいからハチミツも用意しないかと食い下がったが、ヒナは容赦なく却下した。




