2-29. 水道
翌日、俺たちは、昼休みの組合事務所へ出かけた。
まず、タッパーに米飯を敷き詰め各具材を振りかけた試食品を用意。ダイニングテーブルに並べ、各々好きなものを小皿に取ってひと口ずつ食べてもらう、ビュッフェ形式の試食会にした。
マリーは、調査依頼をした直後に、ヒナに追い出された。彼女が立ち会うと、事務員たちが素直な感想を言わない恐れがあるとのことだった。
――で、結論から言うと、おかず系の具材は、おおむね好評だった。
もちろん、米にしょっぱい・甘辛いおかずが合うのは自然の摂理であり、俺たち三人の間でも異議は出なかったので、これは予想内の結果だった。
問題のハチミツはというと、まず、あまり手を付ける人がいなかった。
男性職員たちは、あからさまに『なんでハチミツ?』という顔をしていた。
一方、女性職員たちは果敢にチャレンジしたが、明確に『おいしい』と言ったのは、受付嬢ひとりだけだった。他の二人は、『まあ、ギリギリ、アリかもしれない』という反応だった。
正直、この結果には心底ほっとした。もしも、ハチミツおにぎりが街の人たちの口に合い、タッパー亭の看板商品になったらどうしようと考えると、昨夜はよく眠れなかったのだ。
事務員たちが仕事に戻ると、ヒナは三階へマリーを呼びに行った。
他と比べて中身の減っていないタッパーを見せ、そもそも手を付ける人が少なかったことや、職員たちの反応・感想といった具体的根拠を示したうえで、ハチミツおにぎりは不採用にすべきだと主張した。
しかし、ここまでされても、マリーは納得しなかった。
「どうして、食べてもらわなかったの? 食べれば、おいしいって分かるのに」
「お客が買うか決めるの、食べる前。だいたい、三人食べて、おいしいって言ったの、一人だけ」
「そんなあ……」
「タッパー亭、マリーの店。でも、弁当買うのは、お客。マリーじゃない」
ヒナがピシャリと正論を言ってのけると、さすがのマリーも諦めたらしく、それ以上の反論はしなかった。
まあ、俺個人としても、ハチミツおにぎりはナシ派だった。しかし、マリーが目に見えて落ち込んでいるのが居たたまれなくなり、思わず間に割って入ってしまった。
「じゃあ、注文が入ってから作ったら? ハチミツは保存がきくから、売れなくても廃棄にはならないし……どのみち、他の具材でも、調味料に使うから」
「……ほんと!?」
「はあ。それなら、良いけど。余ったハチミツの、マリーとトーヤが食べる」
言うなり、彼はさっさとそぼろごはん(肉・卵)の残りをキープし、木製スプーンで食べはじめた。
「どうぞ、トーヤ」
「………………」
マリーが期待に満ちた目をしてタッパーを差しだすので、震えるスプーンでハチミツごはんをすくい、ひと口食べた。
やっぱり、俺には無理だった。
◇ ◆ ◇
マリーは昼のまかないの後片付けを終えてから合流するというので、俺たちはカラになったタッパーをカバンに詰めて、ふたりで店に戻った。
ヒナは、結局ハチミツごはんを半分食べた俺に同情と呆れの入り混じった視線を向けていたが、何も言わなかった。
「お茶にしようか……」
先にタッパーを洗うべきかとも思ったが、甘いハチミツが絡みついた飯粒の食感が生々しく口内に残っており、とにかく早く洗い流してしまいたかった。
どうにかして、おはぎみたいなものだと思い込もうとしたのだが、現実逃避にも限度というものがある。
「分かった。ヒナが淹れる」
彼はカラのヤカンを手に取ると、ストーブ横の流しにある蛇口をひねった。が、水は最初にチョロチョロと出ただけで、すぐに止まってしまう。
「えっ、故障?」
よりによって、こんな時に? しかしヒナは動じず、こちらを振り向いてジトリと睨んだ。
「トーヤ……。あの後、水汲みした?」
「え?」
「やっぱり。行くよ」
と言って、俺を外に連れ出した。彼について裏庭へ向かうと、ヒナは建物のすぐ傍で立ち止まった。
足元に、幅三十センチほどだろうか、隣の区画から続く木板のラインがあった。
ちょうど、コンクリートのフタに覆われた道端の側溝のような格好で、階段下倉庫へと、もぐりこむような形で続いている。
「……?」
ヒナが取っ手のついた木板を開けると、透明な水が静かに流れている。
彼は、壁際に垂れ下がっていた紐の先を外階段下の収納から出してきた木製バケツにひっかけ、水に沈めた。
「ほら、引っ張って」
もう一本、垂れ下がっていた紐を手渡された。その行く先を見上げると、屋根付近に滑車がついている。
吊り上げたバケツが頂上で倒れて、半円型の管から家の中に流れ込む仕組みになっているらしかった。たぶん、屋根裏に貯水タンクがあるのだろう。
「ああ、なるほど……」
異世界では、人力で水を汲み上げた後、重力を使って給水しているのだ。
今まで普通に水道を使えていたのは、入居日にひとり掃除に戻ったヒナが、タンクを満たしておいてくれたからだったのか。
何度も上げ下げを繰り返していると、やがて管から水が逆流した。満杯になったようだった。
俺とマリーが市場で買い物をしている間に、ヒナはこの作業を、ひとりでしておいてくれたのだ。
「ヒナ、ありがとう」
と言うと、彼は一瞬、怪訝な顔をした。
それから、数日前の水汲みに思い至ったらしく、「今?」と呆れ顔をした後、背を向けて「うん」と頷いた。




