↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/88

2-28. ハチミツ

「マリー。トーヤ、ずっと待ってた」


 ヒナが言った。マリーは扉を閉め、脱いだコートをハンガーに掛ける。


「ごめんね。遅くなっちゃった?」


「あっ、いや。ヒナと、おにぎりの具材を試してみようって話になってさ。ちょうどできたから、マリーにも食べてもらえたらと思って……」


 ごまかすと、マリーはダイニングテーブルの試食用具材を一瞥して、「あら、おいしそう」と微笑んだ。それから、テーブルに背を向けストーブに手をかざす。


「あ……。もしかして、組合のまかない食べてきた?」


「ううん。新メニューの試作をするって、ヒナに聞いてたから。……ちょっと待ってて。手が温まったら、洗ってくるね」


「うん」


 食器棚からティーポットを出してきて、ハーブティーを淹れる。もちろんマリーが淹れたほうがうまいけど、今の彼女に必要なのは、味ではなく温かさだ。


 マリーはしばらく手を温めた後、居間の奥にある洗面所へ向かい、手を洗って戻ってきた。


「水、冷たかったでしょ。お茶どうぞ」

「ありがとう」


 彼女は席に着き、赤くなった指先でカップを包み込んだ。いくら寒冷地で生まれ育ったとはいえ、真冬の水の冷たさは、細い指には堪えたことだろう。


「あったかいねえ」

「ふーん。あったかいのは、指? それとも、心?」


 ヒナはにやにやしながら聞いたが、俺と違って、マリーはまるで動じなかった。


 よどみなく「どっちも」と答えてカップからひと口飲み、テーブルに置いて、続けた。


「始めましょうか。試食会」


 具材の種類が多いので、今日はおにぎりにはしていなかった。各々、深皿に盛った米飯に具材を載せ、ひと口ずつ味見するスタイルだ。


「マリー、どうかな?」


 と尋ねた。この街の住人の味覚を持っているのはマリーであり、俺とヒナは外国人の立場だ。マリーがうまいと言わなければ、店には出せない。


「うん、どれもおいしいよ。やっぱりシロには、しょっぱいのとか、甘辛いのが合うよね。……そっちの調味料は何?」


「とりあえず、店でいろいろ買ってきたんだけど。使いかたがよく分からないから、とりあえず、シロに合うかどうかだけ、確認してみようかなって……」


 すると、マリーはどれを使おうかなと言いたげに調味料類を眺めた後、ハチミツの瓶を手に取った。米飯に垂らして、スプーンですくう。


「!?」


「やっぱり、おいしい! 私、シロにはハチミツが合いそうだなって、ずっと思ってたの。さすがトーヤ!」


「………………えと」


 もちろん俺としては、ハチミツは砂糖代わりに、調味料のひとつとして買ったのであって、直接米飯に掛けるつもりなど毛頭なかった。


 横目にヒナを見ると、彼も『絶対に無い』という顔をしていたので、少しほっとした。


「うん。これはぜひ、定番メニューに入れたいね」


 ……とはいえ、ある食材同士の食べ合わせがアリかナシかというのは、文化の問題でしかない。


 日本国内ですら、おでんはご飯のおかずになるかとか、ラーメンライスはアリなのか、などという論争がたびたび巻き起こっているほどだ。


 そもそも日本にも、米を甘味として食べる文化はある。おはぎ、あん餅、団子など、多くの和菓子で、米は主原料のひとつになっている。


 だとしたら、ハチミツと合わせてはいけない道理はない。


 ない、けれども……。


 ……いやまあ、正直、ものすごく抵抗はあるが、それはあくまでも、俺が生まれ育った文化圏の価値観であって……。


「トーヤ? どうしたの」

「いやっ」


「……マリーひとりに聞いたら、マリーだけが好きか、街の人みんな好きか、分からない。組合の人たちに、食べてもらう」


 ヒナが提案した。彼らしい、現実的な折衷案だった。


 俺は、試食の結果ハチミツおにぎりが採用され、タッパー亭の定番商品として陳列されているさまを想像した。


 マリーを直視できなくなり、視線を泳がせた。でも、タッパー亭は、マリーの店なのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。