2-28. ハチミツ
「マリー。トーヤ、ずっと待ってた」
ヒナが言った。マリーは扉を閉め、脱いだコートをハンガーに掛ける。
「ごめんね。遅くなっちゃった?」
「あっ、いや。ヒナと、おにぎりの具材を試してみようって話になってさ。ちょうどできたから、マリーにも食べてもらえたらと思って……」
ごまかすと、マリーはダイニングテーブルの試食用具材を一瞥して、「あら、おいしそう」と微笑んだ。それから、テーブルに背を向けストーブに手をかざす。
「あ……。もしかして、組合のまかない食べてきた?」
「ううん。新メニューの試作をするって、ヒナに聞いてたから。……ちょっと待ってて。手が温まったら、洗ってくるね」
「うん」
食器棚からティーポットを出してきて、ハーブティーを淹れる。もちろんマリーが淹れたほうがうまいけど、今の彼女に必要なのは、味ではなく温かさだ。
マリーはしばらく手を温めた後、居間の奥にある洗面所へ向かい、手を洗って戻ってきた。
「水、冷たかったでしょ。お茶どうぞ」
「ありがとう」
彼女は席に着き、赤くなった指先でカップを包み込んだ。いくら寒冷地で生まれ育ったとはいえ、真冬の水の冷たさは、細い指には堪えたことだろう。
「あったかいねえ」
「ふーん。あったかいのは、指? それとも、心?」
ヒナはにやにやしながら聞いたが、俺と違って、マリーはまるで動じなかった。
よどみなく「どっちも」と答えてカップからひと口飲み、テーブルに置いて、続けた。
「始めましょうか。試食会」
具材の種類が多いので、今日はおにぎりにはしていなかった。各々、深皿に盛った米飯に具材を載せ、ひと口ずつ味見するスタイルだ。
「マリー、どうかな?」
と尋ねた。この街の住人の味覚を持っているのはマリーであり、俺とヒナは外国人の立場だ。マリーがうまいと言わなければ、店には出せない。
「うん、どれもおいしいよ。やっぱりシロには、しょっぱいのとか、甘辛いのが合うよね。……そっちの調味料は何?」
「とりあえず、店でいろいろ買ってきたんだけど。使いかたがよく分からないから、とりあえず、シロに合うかどうかだけ、確認してみようかなって……」
すると、マリーはどれを使おうかなと言いたげに調味料類を眺めた後、ハチミツの瓶を手に取った。米飯に垂らして、スプーンですくう。
「!?」
「やっぱり、おいしい! 私、シロにはハチミツが合いそうだなって、ずっと思ってたの。さすがトーヤ!」
「………………えと」
もちろん俺としては、ハチミツは砂糖代わりに、調味料のひとつとして買ったのであって、直接米飯に掛けるつもりなど毛頭なかった。
横目にヒナを見ると、彼も『絶対に無い』という顔をしていたので、少しほっとした。
「うん。これはぜひ、定番メニューに入れたいね」
……とはいえ、ある食材同士の食べ合わせがアリかナシかというのは、文化の問題でしかない。
日本国内ですら、おでんはご飯のおかずになるかとか、ラーメンライスはアリなのか、などという論争がたびたび巻き起こっているほどだ。
そもそも日本にも、米を甘味として食べる文化はある。おはぎ、あん餅、団子など、多くの和菓子で、米は主原料のひとつになっている。
だとしたら、ハチミツと合わせてはいけない道理はない。
ない、けれども……。
……いやまあ、正直、ものすごく抵抗はあるが、それはあくまでも、俺が生まれ育った文化圏の価値観であって……。
「トーヤ? どうしたの」
「いやっ」
「……マリーひとりに聞いたら、マリーだけが好きか、街の人みんな好きか、分からない。組合の人たちに、食べてもらう」
ヒナが提案した。彼らしい、現実的な折衷案だった。
俺は、試食の結果ハチミツおにぎりが採用され、タッパー亭の定番商品として陳列されているさまを想像した。
マリーを直視できなくなり、視線を泳がせた。でも、タッパー亭は、マリーの店なのだった。




