2-27. 具材
翌朝、俺とヒナは木工組合を訪ね、ルカにタッパー亭の看板・開店チラシ・消費期限スタンプを注文した。『前金で』と言われて焦ったが、ヒナはちゃんと用意していた。
「当たり前でしょ。ルカ、職人。友だちじゃない」
ヒナはジトリとこちらを睨んだ。俺は何も反論できず、冷たい視線から逃げるように目を背けて、ふと気づいた。
「そういや、ヒナは、もらわなくていいの? 給料は」
「ヒナ、マリーの家で暮らしてるし、ごはん食べてる。お小遣いも貰ってるよ」
なるほど、いわゆる丁稚奉公ってやつだな。日本だと、もはや時代劇でしか聞かない絶滅概念だが、ここは異世界なのだし、現役の制度でも不思議じゃない。
「トーヤ。市場に行く」
店に戻る途中、ヒナが手を引いた。
「タッパー亭、メニュー増やす。ルカが作る間に、考えとく」
「メニュー? おにぎり弁当じゃなくて?」
「外で売る時は、商品やお金を渡すの、簡単が良かった。だから、メニューひとつ。でも、最初に言ったでしょ。ずっと同じ味だと、飽きる」
まあ、確かにな。
おにぎりはタッパー亭の専売特許(未取得)であり、単に他店と差別化するだけなら十分な個性がある。
とはいえ、店の常連になってもらうことを考えれば、やっぱり、毎日違うメニューを味わう楽しみが欲しいところだろう。
「中に具を入れるってことだよね。ヒナは、何が良いと思う?」
「肉! あと、卵」
「分かりやすいな……」
とはいえ、肉や卵は傷みやすい部類の食材だ。コンビニおにぎりでは定番だが、それは、機械化された清潔な工場で作っているからできること。
いくら衛生管理に気を使っても、異世界厨房で手作りする以上、日本の食品工場と同レベルの衛生状態を作り出すのは不可能だ。
では、異世界おにぎりに肉や卵を使うとすれば、どんな加工が必要だろうか。
まずは、しっかり中まで火を通して殺菌すること。食べやすさを考慮すると具材は刻むのが望ましいが、調理してから刻むのではなく、刻んでから火を通すほうが良い。
次は、菌の増殖原因になる水分を残さないこと。加熱で水分を飛ばせば一挙両得だが、あまりパサパサになると食べづらい。
多少のしっとり感を残すには、塩分や糖分を使う方法もある。たとえば、梅干しやジャムが長期保存できるのは、塩分や糖分の持つ脱水作用が、細菌から水分を奪うためだ。
「ぱっと思いつくのは、そぼろかなあ」
「そぼろ?」
そぼろごはんは、エックスに弁当写真を投稿していた頃に作ったことがあった。
ひき肉や溶き卵と調味料をフライパンに入れ、水分がなくなるまでかき混ぜながら加熱するだけだから、異世界でも簡単にできる。
甘辛い味付けにすれば、米飯にもよく合う。見た目も、茶色と黄色でいかにもうまそうだし。いいねはつかなかったけど。
市場の食材エリアで、まずはそぼろ用の肉と卵を入手した。せっかく来たので他の店も見て回ると、冬の市場らしく、塩漬けの保存食がいろいろと売られている。
塩漬け魚を、焼いてフレークにしてはどうだろう。以前作って好評だった、ニンジンのきんぴらは? 調味料店で、組合の厨房でお馴染みの異世界醤油やみりん、ハチミツ、その他よく知らないが定番調味料っぽいものをいくつか手に取る。
漬物屋では、漬物やつくだ煮らしきものを購入。ヒナが持ってきていたマイバッグ(取っ手つき麻袋)に入れ、帰路につく。
「さてと」
店に戻り、土鍋で米を仕込む。それから、隣のフライパンで具材の試作にとりかかった。
まずは、二色そぼろ。続いて魚のフレーク、きんぴら。漬物やつくだ煮は、少し刻んだほうが食べやすいかな。調味料類は、とりあえず今日はそのまま味見して、米飯に合うか、具材に使えそうか、マリーも交えて話し合おう。
炊けた米を大皿に広げて冷ましたら、試食会の準備は完了。腕時計を見ると、そろそろマリーがまかない仕事を終え、店に来る頃合いだった。
「トーヤ、マリー待ってる?」
ヒナに指摘されて、肩が跳ねあがる。
「いやっ、……なんで?」
「トーヤ、待ってる時、何回も腕輪見る。変な癖」
にやにやしながら言った。
反論しようと口を開きかけたその時、玄関扉の開く音がして、コート姿のマリーが現れた。




