2-26. 消費期限
「タッパー亭の、開店チラシを作ろうって話になってね」
翌日の昼過ぎ。一階の清掃を終えた後、二階でのお茶の時間に、マリーは嬉しそうに切りだした。カバンから、A5サイズくらいの紙を三枚取りだして、ダイニングテーブルに並べる。
「いろいろ考えてみたの。どうかな?」
どれも、可愛らしい手書きの飾り枠の中に、タッパー亭のロゴマークと地図が描かれていた。他はたぶん、メニューや開店時間などが書いてあるのだろうが、異世界の字は読めないので、詳細は不明。
「え、これ、手描きするの? 大変じゃない?」
疑問が口をついて出た。弁当につける分だけだとしても、一日三十枚は必要なのだ。とてもじゃないが、やっていられないのではないか。
「一枚ずつ書くわけない」
ヒナが呆れたように答える。
「ルカに、大きいスタンプ作ってもらう。絵の具を塗って、紙のせて、こすって、乾かす」
「あー」
木版画ってやつか。小学生の頃、図工の時間にやったな。何を彫ったのかはもう覚えていないが、彫刻刀で手を切った記憶だけが残っている。
「弁当、ずっと昼に売ってた。今度は朝、売りに行く。朝買ったら、昼に食べられるって分かる。一緒にチラシ渡す。朝にタッパー亭の店に来て、買ってもらう」
ヒナが続けた。なるほど、今までは買ってすぐに食べてもらう前提で昼に売っていたわけだが、店舗販売に移行する前に、朝の行商販売を挟むわけか。
購入する時間帯・場所という二つの要素が一度に変化すると、お客が混乱し、ついてこなくなる可能性がある。だから、段階を踏んで、朝の店舗購入に誘導する作戦なのだ。
「そういえば、異世界の人には、弁当……というか、朝買ったものを昼まで置いといて食べる習慣って、ないの?」
気になって尋ねると、マリーは「えっ?」と怪訝そうな声をあげた。
「確かに、そう言われると、お弁当って不思議だよね。温かい食事を、わざわざ冷ましてから食べようだなんて、考えたことなかった」
ここは寒冷地だ。食事は、ただ腹に何か詰め込めばいい、というものではなく、食べることで身体の中から温まれるかどうかも、重要な要素のひとつなのだろう。
それで、この街の人々にとっては、まずはできたての温かい料理を食べることが最優先で、他の都合は二の次なのだ。まあ、そもそもの時間感覚がユルいからな……。
「あ、じゃあさ。消費期限、表示しといたほうがよくない?」
「……ショーヒキゲン?」
「そう。包装に、『今日の昼までに食べてください』って書いておくんだよ。明確に指定しないと、たぶん、放置しすぎてアタる人が出ると思う」
今は冬だ。朝から昼すぎまで露店に置いておく程度ならば、食中毒のリスクは低い。だが、温かい家に持ち帰り、翌朝まで放置されでもしたら、さすがに安全性を保証はできない。
ユーザを信用してはいけない。工学の基本だ。
どんなにバカげていることも、できるならば必ず誰かがやる。それが、人間という生き物の習性だった。
納豆だって、偶然できたものを、最初に食べた人間がいたから今があるのだ。とても正気の沙汰とは思えないが、異世界人に、おにぎりで同じことをやる人間がいないとは限らない。
「分かった。ルカに、ショーヒキゲン……のスタンプも作ってもらう。マリー、案を作って。分かりやすいやつ」
ヒナが釘を刺した。マリーはちょっと不満げな顔をしたが、「はーい」と素直に応えて、ノートに何か書きはじめた。




