2-23. 交通量調査
その後、立地からいくつかの物件に候補を絞り、内見させてもらった。
今回も、最後に訪れたのは例の元総菜屋だった。
中に入ってみると、一階店舗の調理設備はもちろん、二階居住スペースの家具もそのままの状態で残されていて、すぐにでも住めそうな様相だった。
他の物件でも、大型の家具はたいてい部屋に残されていた。この街では、家具は家の付属品という文化なのかもしれない。
「ねえ、トーヤ。ここ、良いと思わない?」
マリーがこちらを振り向いた。
商売のことは分からないが、俺としても、この店の立地はありがたかった。……紹介された物件の中だと、例の穴から一番近いので。
「うん。いいね」
「じゃあ、ここにしようか」
「……マリー。店、簡単に変えられない。すぐ決めたらダメ」
マリーはその場で契約しかねない勢いだったが、ヒナに制止され、不満げに頬を膨らませる。
「あら。じゃあ、どうやって決めるの?」
「タッパー亭のお客、忙しくて、昼ごはん食べない人。弁当買うの、朝、店に行く前。わざわざ、遠くで買わないでしょ」
もっともな指摘だった。
弁当屋にとって一番重要なのは、単純な立地の良さや、店舗設備の充実度などではない。
この店の前の通りが、小規模店主の出勤経路に重なるかどうかなのだ。
「ここは、みんなの家と市場の間。たぶん、大丈夫。でも、『たぶん』だけで決めたらダメ。ちゃんと、自分の目で見ないと、本当か分からない」
客の欲しがるものは、実際に市場で商売をしなくては分からない。大隊商の長である父親が小さな露店をやっていた理由について、ヒナはそう語っていた。
だからこれは、きっと、ヒナがあの父親の背中から学んだことなのだろう。
「じゃあ、明日の朝にまた来て、どんな人が通るか調べておくよ」
と請け負った。ヒナはジトリとこちらを見上げる。
「トーヤ、いつもぼーっとしてる。一人で調べられる?」
「信用ないなあ……」
「ヒナも来る。明日、明るくなる頃、ここで待ってる」
まあ、確かに俺ひとりで交通量調査をしたところで、信用に足るデータが取れるかは怪しい。
通った人数はカウントできたとしても、彼らがどういう立場の人々で、弁当屋の客になってくれそうかどうかは、俺には見分けがつかないのだった。
◇ ◆ ◇
翌日、朝七時ごろに到着した時には、ヒナはすでに店の前に居た。
異世界には時計がないため、何時何分にという詳細な待ち合わせはできない。見たところ日の出直後の様子だったが、ヒナには「おそい」と怒られた。
実際、すでに店の前の道には、市場へ向かっていると思しき人々が足早に歩く姿が、ちらほらと見受けられる。
「ヒナ、寒くない? 飲む?」
例の生姜スープを作って、保温ボトルに詰めてきていた。ヒナは受け取ってひと口飲み、「あったかい」とつぶやく。
「おにぎりも食べな」
今度は、タッパーのフタを開けて差しだした。お馴染みの三角塩むすびは、木型ではなくラップで握ったので少々不格好だったが、ヒナは黙って手に取った。
俺もひとつ頬張りながら、通りを歩く人々を眺める。
「ヒナはさ、お父さんに認められたいから、商売をしてるの?」
前に、なぜカネが欲しいのかと聞いた時、ヒナは、特に理由はないと言っていた。自分は商売人の子だから、生きることと商売をすることは同じなのだ、と。
しかし今にして思えば、ヒナが最初に親方へ俺の弁当を売り込んだのは、彼の父親に招かれた食事の席でのことだった。
ヒナは自分の商才を、父親に見せたかったのではないだろうか。
「……うん」
ヒナは素直に頷いて、左手のおにぎりをかじった。それからまた、右手の保温ボトルのスープをひと口飲んで、黙ってこちらへ差しだした。




