2-20. 電話
『あんた、騙されてないでしょうね?』
しぶしぶと電話を取った俺に対する、母親の第一声がそれだった。この時点で、俺は完全に疑ってかかられており、交渉は最悪のスタートを切っていた。
「いや……そんな、月60キロ詐欺ってどうすんの。トン単位ならともかく」
と宥めた。
実際、小規模飲食店での使用量としては妥当なラインだと思うが、転売その他何かしらの悪事に使おうと考えているのだとしたら、月60キロではあまりにも少なすぎる。
『……あのね。ウチに仕送りなんて、考えなくていいのよ。今は要らないかもしれないけど、お金なんて、いつか絶対に入り用になるんだから。しっかり貯金しておきなさい』
「あー……」
『騙されている』の次は、俺が実家の口座番号を聞きだし、勝手な仕送りを目論んでいるのではないか、という疑いをかけられたようだった。
まあ、これに関しては、初任給全額送金事件という前科があるので、あらぬ疑いだとは言えない。
「いや、だから、書いた通りなんだけど……知り合いの店で、ウチの米を使いたいって言うからさ」
納品先が異世界弁当屋であることは伏せていたが、話の大筋に嘘はなかった。
もちろん母親は、俺は嘘が大の苦手であり、動揺して喋りがグズグズになると承知している。逆説的に、この話が真実であることは、今の淀みない口ぶりで伝わったはずだ。
『……はあ。だったら、その人に直接、お兄ちゃんのホームページで頼んでもらえば良いでしょ。なんで、あんたに送るの?』
ごもっともだった。というか、普通に最初からそうしておけばよかった。完全に抜けていた。
「うん……そうだね」
『まったく、あんたが作ってあげたんでしょうに。だいたい、たまには連絡したらどうなの。今年のお盆には、帰ってくるんでしょうね――』
ひととおり黙って説教を聞いた後、どうにか電話を切りあげた。
ラップトップを開いて、ブックマークからサイトを開く。数年前、兄に『米の販路を拡大したい』と相談され、開設を手伝った通販サイトだった。
中学卒業後にITの道に進んで以降、パソコンやスマホのことはなんでも俺に聞けばよい、というのが我が家の不文律になっていた。まあ、知らないうちに変なサイトを立ち上げられるよりは、些細なことでも相談してくれた方がよほどいいが……。
「ええと」
ちょっと迷ったが、他に送り先がないので、俺の名前と古アパートの住所で、必要量の米を注文した。
もちろん、弟の名前で注文が入ると変に思われるかもしれない、という懸念はあった。しかし、名字も名前もありふれたものだし、東京に同姓同名の人物が居ても、まったくおかしくない。
兄は、弟のアパートの住所を暗記してはいないだろう。部屋番号を番地に紛れ込ませておけば、どこかの飲食店からの注文だと思うはず。わざわざ地図アプリで調べでもしないかぎり、古アパートだとバレはしない……。
「……ん?」
注文完了後、久々にサイトを見ていて、異変に気づいた。
以前は併設の宣伝ブログに田んぼの様子などがアップされていたのだが、最近は更新していないようだった。代わりに、義姉がインスタで情報を発信しているらしい。
なんとなく開いてみると、アカウントなしでも、上から何枚かは閲覧できた。
「げっ」
その中に、実家の前庭で、兄一家がバーベキューをしている写真があった。子どもたち含め、顔はいっさい隠されておらず、個人情報満載の一枚だった。
慌ててメッセージアプリを開き、兄に、せめて子どもたちの顔が映った写真は削除すべきである旨の連絡を入れた。
一度ネットの海に放流されてしまった以上、今さら消しても遅いかもしれないが、このまま放置するよりはマシだろう。
すると、しばらく経って、返信があった。
『お前、さっき米注文した?』
「………………」
そりゃそうだ。このタイミングで宣伝アカウントについて連絡を入れれば、あの注文も俺だとバレるに決まっている。
どう返信しようかしばらく悩んだ後、『このことは、母さんには秘密にしてほしい』と頼んだ。
送った後で、これでは却って怪しまれたのではないかと後悔したが、数分後、今度は『たまには帰ってこいよ』とだけ返信があった。




