2-19. メッセージ
異世界での営業活動は、上々の滑り出しを見せていた。しかし俺にはひとつ、見て見ぬふりをしている問題があった。
――日本の古アパートに置いている米袋の底が、そろそろ見えはじめていた。
ひとりで食べていた頃は、強制定期配送されてくる米をなんとか消費するので精一杯だったのだが、毎日大量のおにぎりを作るとなれば、すぐに底をつくのは当然だった。
異世界に続く穴を出て、スマホの機内モードを解除した。ビルの陰だから、すぐには電波が入らない。通りに出ると、ようやく通信状況が回復し、通知が入りはじめる。
「うわっ」
半日、日本に居なかった間に、十件ものメッセージが入っていた。アプリを開くと、母親の名前が一番上に表示されている。一瞬、実家で何かあったのかと身構えたが、十件全部、中国ドラマの感想だった。
――俺が大学進学で地元を離れた後、母親は頻繁に、メッセージアプリでご近所情報を知らせてきた。
最初は適当に返していたが、時が経つにつれ、同級生の誰とかが結婚したとか子どもが生まれたとか家を建てた、といった話題が増えはじめた。
だんだん返事をするのがダルくなり、既読無視するようになった。未読無視も検討したが、何日も既読をつけないとアパートまで押しかけて来かねない。
俺が返事をしなくなると、近況報告攻撃はいったん止まった。しかし今度はなぜか、ドラマの感想が送られてくるようになった。
近頃は、古代中国歴史モノの恋愛ドラマにどハマりし、同じ系統のものを何本も見ているらしい。
ドラマの感想はエックスに書けと言いたかったが、情報リテラシーのない親にSNSアカウントを開設させれば、どんな問題を起こすか分からない。
おそらく、東京でひとり暮らしをしている息子の生存確認をしたいだけだろうと割りきり、既読無視を決め込んでいた……のだが。
「うーん……」
米を手に入れるとなれば、実家に連絡を入れることは、どうしても避けられない。
もちろん、普通に考えればスーパーで買えばいいだけなのだけれど、しかし俺は曲がりなりにも米農家の息子であり、実家以外の米に手を出すのには多大な抵抗があった。
これが小麦粉なら気にせず買うが、米はムリだ。教会なら平気で観光できるけど、実家と宗派の違う寺に立ち入るのは裏切り行為のように思えて、居心地が悪い。そんな感覚だった。
なにより、異世界の人々が受け入れてくれたのは、他でもない、我が家の米なのだから。
ひとまず古アパートに帰り、送る文面を検討した。
まさか『異世界で弁当屋をやるのに米が必要で』とは書けない。かといって、すべて嘘で固めれば、絶対にボロが出るし……。
……そうだ。単に、『異世界で』と書かなければ、いいんじゃないか?
「………………」
知り合いが、飲食店を開くことになった。ウチの米を使いたいと言っている。口座を教えてくれれば代金を振り込むので、月に二回、30キロずつ送ってくれないだろうか。
そんな感じの文面を書いて、送信ボタンをタップした。
こちらからメッセージを送るのは、かなり久々だった。ここ数年は、盆正月に帰ってこないのか、という連絡すら既読無視していたほどだった。
はたして、すぐに既読がついた。
そして数十秒後、今度は電話がかかってきた。




