2-17. おこげスープ
おにぎり弁当は、結局、付近の区画ですべて売り切れた。
飯屋に入って注文した後、隣席の客が食べているモノが妙にうまそうに見えたりするが、早朝から昼すぎまで食事もせずに働きづめの人々にとっては、なおさらだったのだろう。
露店の前を通り過ぎた後、自分の客の相手を終えてから、わざわざ追いかけてきた店主もいた。
「マリー」
カラになった行商カゴを背負って広場に向かうと、マリーはひとりでベンチに座っていた。
テーブルの上には、使い捨てコップがひとつ。うつむき、真剣な表情で何か手元の作業をしている様子だったが、呼ぶ声に気づいて顔を上げる。
「弁当、全部売れたよ」
「そう! よかった」
報告すると、マリーはぱっと表情を輝かせた。席を立って俺の背後に回り、カラの行商カゴを覗き込み、「ふふっ」と嬉しそうに笑った。
「マリー、たくさん待ってた?」
「ええと……そんなには。縫い物をしてたから」
ヒナが尋ねると、彼女は首を振り、両手に持っていた麻布をこちらへ差しだす。
「おにぎりを詰めるとき、布巾だと持ちづらかったでしょ? それで、麻袋で手袋を作ったらどうかなって」
手より少し大きめの麻袋を二枚重ねてミトン型に裁断し、切り口を縫いつけている最中のようだった。
確かに、ミトンにすれば、布巾一枚でおにぎりを持つより扱いやすそうだ。布巾と同じく、毎日洗って煮沸消毒できるのも良い。
「いいね」
「でしょう!」
そのとき、どこかでぐうっと気の抜けた音が鳴った。ふたりで音の聞こえた方向へ視線を向けると、ヒナがばつの悪そうな顔をしていた。
腕時計を見ると、十四時半過ぎ。俺たちも、朝から昼すぎまで、食事もせずに弁当を作り、市場を歩き回ったのだ。育ち盛りのヒナには堪えたことだろう。
「……ふふっ。私たちも、帰ってお昼にしようか」
マリーは使い捨てコップを取り上げ、中身を一息に飲み干した。ストーブの炉にコップを放り込んで、広場を後にした。
◇ ◆ ◇
組合事務所の厨房で、遅い昼食を準備した。
鍋底に貼りついたおこげはすっかり硬くなっており、そのままではとても食べられそうになかった。あつあつの異国情緒スープに沈めてほぐし、スプーンですくう。
「これはこれで、おいしいね」
スパイスだけのスープにこげた冷や飯を入れるという、ザ・貧乏飯のようなレシピだったが、確かに妙にうまかった。米を炊くときに混ぜた油が、スープの深みを増しているのかもしれない。
「ヒナは、足りた? シロ、もう少し残ってるけど」
尋ねると、ヒナは「うん」と頷いて席を立った。鍋底のおこげをヘラでそぎ落とし、平皿に載せて、こちらへ戻ってくる。
「トーヤとマリーも、食べる?」
「……」
ふと、昔のことを思い出した。
俺は三人兄姉弟の末っ子で、兄とは十五、姉とも十二も年が離れていた。そのため、家の中では祖父母や両親はもちろん、兄や姉にも常に子ども扱いされていた。
七人家族だったので、誕生日にはいつも、八等分したケーキをふたつ貰った。
当時の俺は、それがたまらなく嫌だった。
もちろん、みんな善意なのは理解していた。けれど俺にとっては、十二年もの歳月をかけて完成されきった家族の間で、ひとりだけ『お客』として扱われているように思えて、ひどく居心地が悪かったのだ。
「貰おうかな」
平皿から適当におこげを取って、自分のスープに入れる。
マリーも少し取った。ヒナは黙って、残りを全部、自分の深皿に入れた。




