2-15. 大量生産
準備は整った。タッパー亭はいよいよ、組合の庇護下を離れ、市場で商売を始めるところまでこぎつけた。
……といってもスタート地点は組合の厨房だが、ともかく、今日は初めて、おにぎり弁当の大量生産(三十食)に挑戦する。
今日はマリーとヒナも一緒に調理をするので、最初にあらためて衛生管理について説明。各自、チェックリストで健康状態に問題がないことを確かめ、作業手順書を読み合わせのうえ、調理を開始した。
研いだ米を、異世界羽釜(薬鍋)に移してかまどに設置。水をそそぎ、ヒマワリ油を回しかけて軽く混ぜ、ルカ特製の羽釜用木蓋を載せる。
次に、かまどに薪を入れ、ストーブからとった火種を投入。
羽釜は土鍋と異なり、高火力で一気に炊き上げる仕組みだ。まずは、炉に風を送って火力を上げる。むかし時代劇で見た、『竹筒をかまどに向かって吹く』という作業の意味を、このとき初めて理解した。
沸騰が始まったら、火を弱める。ガスコンロならつまみをひねって弱火にするだけだが、かまどの場合は、薪を炉から出して調整する。
じきに、水がすべて蒸発して沸騰する音が止まるので、すべての薪を出して加熱を止め、そのまましばらく蒸らす。
理論上は、この手順で合っているはずだ。しかし、なにせ一気に二升(3キロ)も炊いたのは初めてだった。火加減を変えるタイミングは音で、蒸らし時間は腕時計で確認したが、不安な気持ちでただ待つ時間というのは、異常に進みが遅い。
「トーヤ、なんで腕輪見てる?」
ヒナは不思議そうだった。どうやら俺の腕時計は、異世界人には単なる装飾品の腕輪に見えているらしい。となると、やはり異世界には、少なくとも腕時計はないんだろうな。
ともかく、蒸らし時間十五分を耐えきり木蓋を取ると、もわっと良い匂いのする湯気が上がった。
上の方を大皿に出した時点ではうまくいったと思ったが、底の一部がうす茶色に焦げついていた。よく言えば『おこげ』だが、商品のおにぎりには使えない。
まあ、初回から完全にうまく行くとは思っていない。細かい火加減は、実践しながら調整していこう。
米飯がある程度冷めたら、ダイニングテーブルに並べた木型(炊飯中に煮沸・塩水塗布済み)での成形作業に移る。俺が大皿を持ち、マリーがヘラで型枠に詰め、ヒナが押し型で固めていく。
これが日本の工場なら、木型がベルトコンベアで流れていくところだが、異世界では作業者が歩いて移動する。
すべて木型を埋め終わったら、手分けして型から外す。これでまず半分、三十個のおにぎりができた。ヒナとマリーが包装作業をしている間に、俺がもう一度木型に塩水を塗っておく。
二回目の成形作業を終えたら、二人が包装作業をしている間に、俺がスープの素入り使い捨てコップを準備する。あらかじめスープの素を入れた状態で、十個ずつ重ねておくのだ。
これなら、下からひとつずつ取り出してすぐ手渡せる。上にひとつ余計に重ねておけば、スープの素が飛び散ったり、ごみが入ったりする心配もない。ヒナらしい、気の利いたアイデアだった。
「……ふう」
底が焦げついてしまった分、予定より少し減ったものの、なんとか二十六食のおにぎり弁当が完成した。最後に、包装材にタッパー亭のロゴスタンプを押し、カゴに詰めていく。
行商用の荷物カゴは、ヒナが父親に借りたと言っていた。今は隊商長の仕事で忙しく、露天商(仮の姿)はやっていないらしい。
「ヒナ。お父さまは、タッパー亭のこと、何か仰ってた?」
「……ううん」
「そう。きっと、たくさん商談がおありで、頭がいっぱいなのね」
マリーがフォローしたが、ヒナの表情は晴れなかった。寂しげに、じっとカゴを見つめていた。




