↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/89

2-14. 羽釜

 ――基本方針(コンセプト)の決定、メイン商品の開発、販売方法の考案、包装材の選定、ロゴの商標登録。


 おおむね、タッパー亭という店のかたちはできた。


 次の問題は、『大量生産』だった。今、俺たちは三合炊きの土鍋を二つ使っている。おにぎりは、一合から三つできる。つまり、一度の炊飯で、同時に十八個のおにぎりを製作可能だ。


 ぜんぜん足りない。


 おにぎり弁当は、おにぎり二つにスープの素つきで、一食500円。おにぎり十八個、すなわち弁当九食で、4500円。原価を三分の一と考えても、3千円しか利益が出ない。


 むろん、一日一度の炊飯で済ませず、土鍋炊飯を何回転かさせるという手もある。しかし、土鍋の再利用には冷却時間が必要だ。効率が悪すぎる。


 土鍋より多くの米を一度に炊くとなれば、まず思いつくのは羽釜だ。しかし羽釜は炊飯器同様、『米を炊く』というごく狭い目的に特化した調理器具であり、つまり異世界に、ピッタリ適合する類似品があるとは思えなかった。


「うーん……」


 ヒナとマリーいわく、異世界でそれなりに暮らせるだけの利益を出すには、ひとつ500円のおにぎり弁当を、一日に三十食は売りたいとのことだった。


 もちろん、最初から、じゅうぶんな利益が出るほど捌けるとは思っていない。


 しかし少なくとも、利益を出せるだけの数を作れなければ、店として成立しない。まずは最低限、おにぎり六十個分、すなわち二升(二十合、3キログラム)の米を炊く手はずを整えなくてはならない。


 ……というわけで、俺は日本の古アパートに戻り、大量の米を炊く方法を調べていた。


 まず、『おすすめの大型炊飯器』『羽釜の使いかた』がヒットした。そりゃそうだ。電力も羽釜もない異世界で大量の米を炊く方法の記事を書いている人など、居るわけがなかった。


 そこで、検索の方向性を変えることにした。レシピではなく、羽釜で米がうまく炊ける仕組みを調べた。仕組みが分かれば、後はそれを異世界の道具で再現すればよい。


 いろいろ調べた結果、必要な条件が分かった。『全体を均一に加熱する』『熱対流を起こす』『内圧を保つ』の三点だ。


 まず、羽釜が金属でできているのは、熱伝導率を上げてすばやく全体を温めるため。土鍋の時と話が違うが、土鍋と羽釜では、使う火力の想定が異なるのだ。あの特徴的な羽は、かまどの熱を逃がさず、効率的に使うための工夫らしい。


 次に、底が丸いのは、熱対流を起こしやすくするため。すぼまった底部分が集中的に温められると、水が激しく沸騰し、中央付近で上昇流が発生する。火から遠ざかると温度が下がり、側面を伝って、また底へと落ちてくる。この循環によって、全体にムラなく熱が入るのだ。


 最後に、特徴的な木製のフタ。炊飯中に出る水蒸気を吸って重みを増すことで、中の蒸気が逃げるのを防ぎ、内圧の維持に貢献している。


 ――よし、方向性は分かった。まずは、金属鍋で、なるべく丸底のものを用意する。木のフタは、鍋を買った後でルカに相談し、合うものを作ってもらおう。



   ◇  ◆  ◇



 先日土鍋を買った店を訪れ、丸底の金属鍋がないか聞いてみた。


 店主は、黒い金属製の大鍋を勧めた。一目見た印象は『魔女が怪しい薬を作ってそうな鍋』だったが、実際に、薬の調合に使うものらしい。もちろん、鍋を使うのは森の魔女ではなく、街の薬師だ。


 さらに、数日後にスタンプと包装材の納品に来たルカに、薬鍋あらため炊飯鍋用の木蓋を発注した。


 タッパー亭から目まぐるしく注文が入るので、ルカは大忙しだったが、おかげで家に仕送りができると喜んでいた。


 冬の寒さは厳しく、畑の作物は育たない。そのため、食糧や薪を買うための現金収入は、寒冷地に暮らす貧しい人々にとって、まさに生きるか死ぬかの命綱なのだ。


「ウチは、冬には紙すきの仕事をしてんですが……質が悪(わり)いと買い叩かれて、大した稼ぎにゃならねえもんで。このままじゃ冬を越せねえからと、おれが街へ出稼ぎにきたんです」


 彼の話を聞いて、俺はまず、おにぎりを包むのに使っていた食品用包装紙のことを思い出した。


 正直、結構な値段だと思ったが、それは工場での大量生産品が身近な日本人の感覚だ。あれが、農村の人々の手仕事だとしたら……。


「――まあでも、おれは運の良い方ですよ」


 と、ルカは明るく声を弾ませる。


「はじめは、うまくやれるか不安でしたが……親方の言いなさった通りでした。お嬢さんは、良い仕事をすりゃあ、ちゃんと認めてくださる御方。おれ、職人として、なんとかやってけそうな気がします!」


 なるほどな、と思った。


 木工親方はマリーを、いわゆる『チュートリアル客』に選んだのだ。

第二章・第一節が完結しました。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!


おもしろいと思っていただけましたら、

画面下から【評価(★)】や【ブックマーク】等をいただけると、たいへん励みになります。


次回からはいよいよ、タッパー亭が市場で商売を始めます。

またのご来店をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。