↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
47/87

2-13. スタンプ

 数日後の午後、まかない手伝いバイト(無給)のため、俺たちは組合の厨房に居た。


 バイト終了後は、マリーが淹れてくれるハーブティーを飲みながら話すのが日課になっていた。マリーはストーブの上で沸かしたお湯をポットに入れて蒸らし、丁寧にカップに注いだ。


 カップを俺たちの前に置いた後、彼女は嬉しそうに切りだした。


「私、もうひとつ考えたんだけどね。タッパー亭の看板を作ってもらうの、どうかしら!」


 何の話だろうか、と少し考えて、ルカに発注する木工仕事のことだと理解した。まず店の看板が欲しいというのは、なるほど、形から入りたがるマリーらしい発想だった。


「マリー。タッパー亭、店ない。看板、どこに置く?」

「えっ? ……そうねえ。大きい仕事になると、思ったんだけど」


 ヒナの指摘に、マリーは残念そうに眉を下げる。


「マリー、なんで、アイツに仕事頼もうとする?」

「だってあの子、一生懸命で、危なっかしくて……放っておけないのよ。手のかかる弟みたいで」


「……はあ。危ないのは、マリー。トーヤも、何か言う」


 ヒナはため息をついてハーブティーをすすり、こちらへ視線を向けた。何か言えといわれても、何を? 困惑していると、ふとダイニングの扉が開き、受付嬢が顔をのぞかせる。


「マリー、またあの子が来てるよ。木工組合の」

「ああ、ありがとうございます。いま行きます」


 ルカが、包装材のサンプルを持ってきた。使い捨て皿やコップと同様の素材で、例の食品用包装紙より少し大きめの、木材シートだった。中央に薄くケガキを入れてあり、力を込めると綺麗に割れるという。


「ただ、このままだとちっと硬くて、うまく包めませんで……。こないだ、木型を茹でてらしたでしょう? コイツも、使う前に湯をかけてもらえたら、曲げやすくなりますが……」


 彼は小声で、おずおずと説明した。なるほど、使う前に熱湯処理すれば衛生的だし、柔らかく、扱いやすくもなるわけだ。先日、煮沸消毒の説明をした時はあまり理解していない様子だったが、ちゃんと覚えていたんだな。


 さっそく、試作木材シートの性能を試してみることにした。やかんのお湯を両手鍋に出し、シートをさっとくぐらせた後、乾いた麻布で軽く水滴を拭く。


 今回は米が手元にないので、ひとまずスープ用のヒヨコ豆を麻袋に詰めて代用。包装紙と同様の手順で中身を包んだ。折り返した面を下にして置けば、糊で貼りつける手間もいらない。


 そのまましばらく置き、木が冷え固まったのを確認して、耐久性をテスト。重ねたり、持ち運んだり、雑に受け渡したりする程度では、変形も割れもなかった。


 ――では、次が本命の実験。ケガキの上を、親指でぐっと押し込む。まず一か所に穴が開き、そこからピリピリと、ミシン目のように美しく裂けていった。


「わあっ!」


 マリーが歓声を上げる。包装紙と同様、いや、紙よりずっと綺麗に二等分されていた。自分で提案しておいて何だが、想像以上の出来だった。


「………………」


 ヒナは俺が渡した包装材の片割れを手に何か考えていたが、やがて「分かった」と息をついた。それから、ルカに向かって言った。


「ルカ。仕事ある」

「へっ!?」


「スタンプ。タッパー亭の印、包みにつける」

「あーっ! それ、いいね! ぜひ、お願いしたい!」


 マリーが声を弾ませた。ルカの両肩をつかんで揺らしたので、彼は完全にフリーズした。



   ◇  ◆  ◇



 四人分のハーブティーを淹れて、マリーは遠慮するルカを席に着かせた。彼はティーカップをおっかなびっくり掴んで持ち上げ、おそるおそる口をつける。


 その様子を微笑ましく見守った後、マリーはダイニングを出ていった。たぶん、三階の自室へ行ったのだろう。


 ノートと万年筆を手に戻ってきて、席に着くなり白紙のページを広げた。その手前には、マリーが温めているらしい、何種類かの看板アイデアを書き留めたページがちらっと見えた。


「――さて。スタンプ、どんな意匠(デザイン)にしようか?」

「かたちは、簡単が良い。スタンプ、かすれるし、ぼやける。細かいと、見えない」


 ヒナが真っ先に釘を刺した。これまでのマリーの言動からして、彼女はデザインに凝りたがるだろうと考えたようだ。看板アイデアページから察するに、おそらくその懸念は正しい。


「あら。そういうもの?」

「うん。隊商、倉庫に荷物を置く時、箱に印つける。すぐ描ける、はっきり見える、覚えやすい。それが、いちばん大事」


 マリーは「うーん」とうなった。しかし、俺としては、タッパー亭のマークと言われて思い浮かぶ図形は、最初からひとつしかなかった。


「マリー、貸してくれる?」


 万年筆を借り、ノートに角丸ぎみの三角形を書き込んだ。下辺の中央付近に小さな正方形を足して、簡単に塗りつぶした。


「三角。おにぎりのかたち?」

「そう」

「この、四角は何?」


 と聞かれた。異世界ではおにぎりに海苔を巻いたことがないため、ヒナには何なのか分からないのだ。


 ……ただ、そう考えてみると俺自身、イラストでよく見る、下に小さい海苔が巻かれたおにぎりって食べたことない気がするな。あれはどこからのイメージなんだろう。


「俺の故郷では、おにぎりの絵っていえば、これなんだけど」


「ふーん。この印、ヒナは知らない。良いと思う。マリーは?」


 マリーはしばらく考えた後、「うん、トーヤに賛成」と頷いた。


「じゃ、隊商や店の印、似てるのがないか、組合で調べてもらう。大丈夫なら、タッパー亭の印に決まり」


 どうやら異世界にも、商標の概念があるらしい。


 数日後、無事におにぎりマークの商標権が認められた。マリーはおにぎりの隣に可愛らしい文字で『タッパー亭』と付け足したロゴを制作し、ルカにスタンプを発注した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。