2-11. 立ち食い席
翌日の営業から、タッパー亭では、おにぎり弁当を販売することになった。
朝から事務所の厨房を借り、土鍋ふたつで三合ずつ、計六合の米を炊いた。塩を振った木型に米飯を詰め、ルカに少し削ってもらった押し型で固め、型枠から抜く。
現状、型がひとつしかないため効率的な作業は望めないが、まだお試し販売期間であり、大量生産の段階には入っていないので問題ない。
そんなわけで、六合の米から、計十八個のおにぎりができた。
さて、後はタッパーに詰めるだけ。洗って干しておいたタッパーを取りに向かおうとしたところを、なぜかヒナに制止される。
「これで包む」
と言って、彼は使い捨て容器の店で買った、食品用包装紙を差しだした。
「タッパー亭のお客、忙しい。タッパー返すの、面倒。取りに行くのも、洗うのも、大変」
「……あー、確かに」
異世界タッパーは木箱なので、仮にそのへんにポイ捨てされても、プラごみ汚染問題は起きないだろう。とはいえ、数百円のおにぎり弁当のために、ひとつ100円のタッパーを使い捨てにはできないしな。
ヒナは煮沸済み麻布越しに、おにぎりを取った。おにぎり二個を、それぞれの三角形の頂点が紙の中央より少し上あたりに来るように置いて、上下の包装紙を折って、完全に包みこんだ。
それから、左右に余った部分を内向きに折り曲げた。最後に、浮いている端の部分を、糊で張りつけて完成。
その様子を見た俺の脳裏には、古き時代の日本ではお馴染みだったであろう、竹皮弁当が浮かんでいた。
「ふふん。紙、真ん中から破って、ふたつに分ける。紙を持って食べる。手が汚れない」
ヒナは包装済みおにぎり弁当を見せびらかしながら、得意げに言った。
あらかじめこの仕組みを考え、包装紙を買っておいたのだ。初めて組合向けの弁当を作った日、おかずを調理し終わってから弁当箱がないと気づいた俺とは、雲泥の差だった。
◇ ◆ ◇
昼前、俺たちは組合事務所で、おにぎり弁当を売りはじめた。
今日はあえて、ロビーに入って食べられるようにはせず、空いている隣の貸出スペースを借り、小さなテーブルだけ置くという、立ち食いスタイルで出店していた。
俺は、急にやりかたを変えると今まで来てくれていた客が混乱するのではないかと指摘したが、ヒナはばっさり切り捨てた。
「組合、時々用事で来るとこ。毎日来てるトーヤが変」
「ああ。まあ、そっか……」
事務所へ続く道を男がひとり歩いてきたので、ヒナはそちらへ目を向けた。彼は寒そうに首をすくめながら小道を歩き、事務所の扉を引いたところで、中から施錠されているのに気づく。
「組合、いま、昼休み。おにぎり弁当、いかがですか?」
とぼとぼと小道を戻ってきたのを見計らって、ヒナが声をかけた。彼はいま気づいた様子でこちらへやって来ると、出店と立ち食い席の間に置いたストーブに手をかざした。載せたヤカンから、熱い湯気がもうもうと立ちのぼっている。
「冬に出店やってるの、珍しいね。何の店?」
「ごはんの店。組合開くの、待ちながら食べれる。あったかいスープ付き、500円」
「ふーん。貰おうかな」
彼は分厚い手袋を外し、ポケットから500円硬貨を取り出した。手がかじかんでいたのか、一度取り落として、枯れた芝生から拾った。
「どうぞ。お湯、好きに使って」
ヒナはおにぎりの包みと、あらかじめスープの素を少量入れてある使い捨てコップを彼に手渡し、ヤカンを指さす。
彼は包みをひとまずテーブルに置き、コップにヤカンのお湯を注いだ。両手でコップを握って指先を温め、少し冷めたところでひと口飲んだ。
カップをテーブルに置き、おにぎりの包みを解こうとしたのを、ヒナが制止する。
「にーちゃん、良いこと、教える」
と言って、包装の開けかたを説明した。
彼はヒナの指示どおり包みの中ほどを破って半分に引き裂き、片方はテーブルに置いた。それから、包み紙の中のおにぎりを下側から軽く押し出して、三角形の頂点にかじりつく。
「おっ!? うまいね、これ」
新鮮な反応で、また嬉しくなった。そういえば、今までの客はみんなロビーで食べていたから、実際に弁当を食べている一般客の様子を見るのは、これが初めてなのか。
「初めて見たけど、なんて料理?」
「おにぎり」
「オニギリ? 聞いたことないな」
彼はもうひと口おにぎりをかじり、続けてスープを飲んだ。すぐに食べ終わると、流れるような動作で、包み紙と使い捨てコップをストーブの炉に放り込んだ。
ヒナは何も言わなかった。この街の人々は、皆そうやって出たごみを処分するのだろう。
「……で、組合、いつ開きそう?」
彼はふたたび、ストーブに素手をかざしながら尋ねた。ヒナはしれっと応じる。
「さあね。さっき、閉めたばかり」
「ははっ。さては少年、騙したな?」
「ここで待てる。ストーブあるし、あったかい」
「しょうがないなあ。じゃあ、もう一杯、スープ貰える?」
ヒナは頷いてスープの素入りカップを渡し、「おまけ。にーちゃん、はじめてのお客だから」とささやいた。
スープを飲みながら、彼はヒナと話しつづけた。そこへまた別の客が事務所を訪れ、閉まっていると知って落胆した。
引き返してくる途中、今度はヒナが声をかける前に、話し声でこちらに気づく。
ストーブのヤカンからは、もうもうと湯気が立ちのぼっていた。
客は引き寄せられるようにやって来て、スープを飲み、おにぎりを食べ、ストーブでごみを燃やした。




