2-10. クルミ材
試作したおにぎりは、うまかった。ただ、押し固める圧力が弱かったのか、手で持って食べるには、やや崩れやすいのが難点だった。
むろん、そういう問題が生じることは想定しており、俺は事前に対策を講じていた。
ルカには、押し型のフチに段差を作るよう頼んでいた。フチが型枠に引っかかることで、誰が作業しても、毎回同じ圧力を加えられるように設計したのだ。
だが、どの程度の圧力が適切かは、実際に使ってみないと分からない。
そこで、ひとまず押し込みを浅めに設定し、逆に木型に引っかかる側の段差には、厚みを持たせてもらっていた。こうしておくと、押し型を作り直さずとも、少し削るだけで圧力の微調整ができる。
俺はルカに、もう少し押し型を削ってほしいと頼んだ。面倒な客だと自分でも思ったが、彼は真剣な表情で頷いてくれた。
「そういえば」
ヒナが割って入った。テーブルに置いていた型枠を手に取って、あちこちから眺めまわして、ルカに尋ねた。
「これ、クルミ?」
「へ? ……あ、へえ。クルミ材です」
「なんで、クルミで作った? 良い家具を作る木」
ヒナに睨まれて、ルカはびくりと肩を跳ね上げる。
「えっと……それは……親方が、クルミ材は丈夫で狂わねえし、粘っこくて仕事しやすいから、おれでも良いモンができるだろうって。お嬢さんは太っ腹なお人だから、ちっとくらい他より高価え材を使っても、気にしねえと……」
ああ、コイツいま、完全に余計なことを口走ったな、と思った。同時に、元弊社の上司が絶対に俺を客先に連れて行かなかったのは、こういうことになるからか、と理解した。
ヒナは、あからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「仕事が悪いから、良い木を使った? マリーは、文句言わないから?」
「あっ! いえっ、でも、端材ですんで、法外に高価えわけじゃねえですよ! 材自体は、ほんとに良いモンで……」
「そうね。クルミ材、温かみがあって、私は好きだな」
マリーがヒナの背後から型枠を取り上げ、なめらかな表面を指先で撫でた。
「でも、手持ちのお金は大丈夫? 材料費は後払いだけど、ちゃんと、ごはん食べられてる?」
「ひゃっ! ……え、えと、おれ、職人仕事は貰えねえから、親方の部屋の掃除とか、使い走りとかもして……それで、メシを食わせてもらってるんです。ほんとなら、それも家に送ってやりてえんだけど、スープじゃ、送るわけにいかねえから」
ルカは下を向いて、ぼそぼそ喋った。俺は、新卒の頃、初任給を全額実家に送金し、母親に激怒された事件を思い出した。
ヒナはますますルカを睨みつけ、トゲのある声で指摘する。
「マリー。木工親方、ルカを知ってた。なのに嘘ついて、工賃吊り上げた。マリーのこと、お嬢さんだと思って、ナメてる」
「ヒッ!」
「……うーん、そうかなあ」
マリーがテーブルに型枠を置く。ルカは膝の上でこぶしを握り締めて、ぶるぶる震えていた。
きっと今ごろ、不用意な発言を後悔し、自分のせいで組合同士の関係が悪くなったらどうしよう、とか考えているんだろうな。新卒の自分を見ているようで、何ともいたたまれない気分になる。
「ねえ、ルカ。木型はぜひ、クルミ材で作ってほしいな。もし、前金では材料費に足りないようなら、遠慮せずに言って」
マリーは穏やかに口を開いた。詰められる覚悟をしていたのだろう、ルカがキョトンとして顔を上げる。
「マリー!」
「施しで言ってるわけじゃない。私は、この木型が気に入った。だから、お願いしたいの」
「……なぜ? 何の木でも、おにぎりは同じ。なぜ、高価いの使う?」
マリーは少し考えた。彼女の中にはすでに答えがあり、それをどうヒナに説明しようか、という沈黙だった。
「私は、良いお弁当屋さんになりたい。そのために、良い道具が欲しいの。なんていうか……良い道具を持つと、それにふさわしい自分になれる気がするでしょ? 変かな」
なるほどな、と思った。どうやらマリーも、形から入りたいタイプらしかった。




