2-09. ヒマワリ油
二日後、例の少年が組合を尋ねてきた。試作品の木型が完成したらしい。
「ありがとう、ルカ! 仕事が早くて、助かるわ」
マリーに微笑みかけられて、彼はまたフリーズしていた。
彼が固まるたびに待ち時間が発生するので、さすがに面倒になってきたが、俺も最初はこんな感じだったし、他人のことは言えないな。
ちょうど昼のまかない仕事が終わった時間帯であり、今日は米を炊く際に使う異世界油を試す予定にしていた。木工職人の少年――ルカにも他の予定はないというので、彼にも試食してもらうことになった。
マリーが三種類の油を用意してくれたので、今回は一合ずつ、三回に分けて炊いてみる。結局、日本で買った土鍋も持ち込んだため、回数としては二回で済む。
「これは、ヒマワリ油。こっちは、白ゴマ油ね。それと、クルミ油。ちょっと高いけど、香りが良いの。私は、これが一番好き」
ひとまず、いちばん安価なヒマワリ油から順に試すことにした。かまどが土鍋で埋まったため、ルカから受け取った木型は、ストーブ上の両手鍋で煮沸した。
「なんで、木型を茹でんです? 食うわけでもねえのに」
彼は不思議そうに、茹でられている木型を覗き込んだ。
弁当は作ってから食べるまでの時間が長いので、調理器具は清潔にしておかなければならない、と説明してみたが理解されず、「はあ」と気の抜けた相槌が返ってきた。
ともかく、米は無事炊きあがった。まずは、それぞれの土鍋から米飯を大皿に移して広げ、少し冷ます。
次に、ルカが作ってくれた木型に塩を振る。ヘラで取ったヒマワリ油米飯を型枠の三つの穴に詰め、押し型で固めて、型枠から外した。
「完成」
一合の生米から、ほぼ同じかたちのおにぎりが、ぴったり三つできた。口頭での説明に留めず、実物のおにぎりを作って形を写しとった型紙(ヒナが買った食品用包装紙で製作)を渡したのが良かったのだろう。
……が、ここで気づいた。この場には四人いる。しかし、おにぎりが三つしかない。
とりあえずその点には触れず、もう一方の土鍋、白ゴマ油のおにぎりも製作した。おにぎりは六つになった。これが九つになったところで、どうあがいても、四人で試食はできなかった。
「じゃあ、三人で食べてみて」
と言った。考えてみれば、異世界人の味覚を持っているのは俺以外の三人であり、この中で誰の試食優先順位を下げるかと言われれば、間違いなく地球人の俺なのだった。
「うまっ!」
ルカが目を丸くした。久々の新鮮な反応に、思わずにやりとしてしまう。
「やわ……え、なんなんです、これ」
「シロっていうの。ルカ、どっちが美味しかった?」
マリーが尋ねた。彼は右手のヒマワリ油おにぎりをひと口食べ、左手の白ゴマ油おにぎりをひと口食べ、黙った。
「……いや、どっちもうめえし……どっちがいいか、と言われても」
自信なさげだった。米飯のおいしさを保つ目的だけであれば、油の種類にこだわる必要はないのかもしれない。まあ、それはそれで、ひとつの実験結果ではある。
「トーヤも食べる」
ヒナが、半分に割ったヒマワリ油おにぎりをこちらへ差しだした。
意外にも、日本から持参した油より、ヒマワリ油のほうがいい気がした。味も香りも特にないが、『何も付け足さない』ことで、却って米本来の味が立っているのだ。
「じゃあ、こっちは私があげるね」
と言って、今度はマリーが白ゴマ油おにぎりを半分くれた。
最初にゴマ油と聞いた時には独特の香ばしさを想像したが、こちらも意外と無味無臭に近く、わずかにゴマの風味を感じるくらい。俺の知るゴマ油とは、作りかたが違うのだろうか。
二種類を試食した後、最後の一合(クルミ油入り)を炊いた。良い油とのことで期待していたが、反応は芳しくなかった。
「うーん。香り、飛んじゃったね?」
「ちょっと苦い」
「ええっと……食べます?」
ルカがおずおずと、割ったおにぎりを差しだした。高価な油を使えば良いモノができるわけではない、ということが分かった。
議論の結果、タッパー亭では、ヒマワリ油を採用することになった。




