2-08. 木工組合
二日後、俺たちは木工組合への紹介状を手に、港近くの倉庫地帯を訪れた。
大通りでは、高い建物が立ち並んで視界を遮っていたので、ここが港町……というか海沿いの街だったことすら、このとき初めて知った。
初めは、異世界解像度の低さゆえ気づかなかったのかとも思ったが、どうやら冬の時期は、海の表面が凍っているらしい。それで、匂いがしないのだ。
――ともかく、木工組合の事務所は、大量の木材が保管されている倉庫の片隅にあった。
商人組合が大通りの一等地にあるのに比べるとかなり地味な印象だが、商人と職人では、組合に求めるものが違うのだろう。
「まあ、親父さんには、よくよく世話になってますんでね。お引き受けしたいのは、山々なんですが」
木工組合の親方は、クマみたいな大男だったが、態度は丁寧だった。ちらっとマリーの顔を見て、それからもう一度、おにぎり木型の設計図に視線を落とした。
「なにせ、ウチらは冬がいっとう忙しいもんでね。こういう、単価の低い仕事は、やりたがるモンがおらんでしょうな」
「あぁ……そうですよね」
マリーが声を落とした。それから俺とヒナに、木工職人たちは、春の交易船で出荷する建築材を準備する都合上、今が一番忙しいのだと説明した。
細かい作業をする職人も、街に滞在中の隊商が飾り彫りなど高価な仕事を発注するため、みなそちらへ流れてしまう。ただ木の板に三角形の穴を開けるような、労力のわりに単価の低い仕事は、誰もやりたがらないのだ。
「まあ、いちおう、ウチの連中に声を掛けちゃみますがね。あまり、期待はなさらんことです。交易船や隊商が発った後なら、受けるモンもおりましょうがね」
と続けた。それはすなわち『春になったら』という意味であり、ずいぶんと先の話だった。
◇ ◆ ◇
翌日の昼過ぎだった。例によって、俺とヒナは組合事務所に居た。
いつものロビーではなく、奥の厨房だ。日本の仕事を辞めて暇だったし、異世界厨房に早く慣れるためにも、マリーのまかない仕事を手伝うことにしたのだった。
もちろん、勝手にやっているだけなのでバイト代は出ないが、仕事が早く終われば、そのぶん話し合いの時間を増やせるというメリットもある。
ちょうど昼食の皿洗いを終え、食器を拭いて片付けた頃だった。ふと、事務所につながる扉が開いて、受付嬢が顔をのぞかせた。
「マリー。木工組合の方が、用があるって来てるんだけど」
と言った。それから俺をちらと見て、『コイツ、毎日来てるな……』という顔をする。
「あら。親方さん?」
「ううん、若い人だよ。昨日、マリーが木工親方に頼んだ仕事を、引き受けたいんだって」
「まあ!」
連れだってロビーに出てみると、高校生くらいだろうか、小柄な少年が一人、所在なさげに突っ立っている。
「ひえっ」
彼は俺たちのほうを見るなり、小さく悲鳴を上げてのけぞった。……いや、俺たちっていうか、マリーだろうけど。
「はじめまして! 私たちの仕事を受けてくださるって聞いたのだけれど、本当?」
「………………。ひゃっ、……へえ」
少年は完全にフリーズしていたが、ようやく我に返って答えた。
マリーは彼に来客ロビーの椅子を勧め、対面に座った。俺とヒナはマリーの背後に立って様子を見守る。
「じゃあ、紹介状、見せてもらえる?」
マリーは彼の手から異世界っぽい茶封筒を受け取り、赤い封蝋を割った。中の書類を広げて、ひととおり目を通して、顔を上げた。
「他のお仕事は、良かったのかしら。親方は、今は忙しい時期だから、職人を探すのは難しいと仰っていたのだけれど」
尋ねると、少年はまたしばらくフリーズした後、コクリと小さくうなずく。
「そのぉ……おれ、この仕事始めたばっかで……高価え建材には触らせてもらえねえし、飾り彫りもできねえし……少しでもカネになるんなら、ありがてえと思って。あ、そうだ」
と言って、彼は握りしめていた木皿をテーブルに置いた。
「これ、俺が作ったモンです。見てもらえって、親方が」
マリーは手に取り、指先で表面を撫でる。シンプルな皿だが、後ろから覗き込んだだけでも、丁寧な仕事ぶりが伺える出来栄えだ。
「すてきなお皿ね。……ぜひ、あなたにお願いしたいわ。トーヤ、仕事の説明をしてくれる?」
マリーに声を掛けられたので、俺から依頼内容を説明した。
木型は調理用途であること、頻繁に煮沸する予定であること、まずは試作し実際に使って調整したい、仕様が確定したら同じものを十個作ってほしいと伝えた。
それから、設計図や型紙を提示して、細かい仕様を説明した。
「そんなら、おれにもできると思います。で、その……悪いんですが、いくらか、前金で貰えねえでしょうか? ウチ、兄弟多くって……冬はいろいろと入り用で」
少年は小柄で痩せていた。風呂には入っているようだが、服はあちこちほつれてボロボロだ。きっと実家が貧しく、出稼ぎに来たんだろう。
「それじゃ、まず前金で2万。試作材は、そこから出してもらえる? 仕事が終わったら、追加の工賃2万と、量産に使った材料費をお支払いします。それでどうかしら」
「――そんなに!?」
「あら。だって、試作費込みだし、忙しい冬の時期に、無理を言ってお願いするんだもの。おかしな金額じゃないと思うけど?」
マリーが、いたずらっぽくウインクした。少年は耳まで真っ赤になり、また、しばらくの間フリーズしていた。




