2-06. 試作会
買い物を済ませた後、組合の昼休みが終わる頃を見計らって、事務所を訪れた。
まかないの仕事が終わった後、一階の厨房を、おにぎり弁当の試作のために貸してもらう手はずになっていた。
事務室の扉の奥は、ダイニングキッチンだった。入ってすぐのエリアは板張りで、事務員全員で使える大きなテーブルが置かれている。みんな、ここで昼のまかないを食べているのだろう。
奥には、一段低い土間の厨房があった。コンロは、石づくりであることを除けば、日本のかまどと同じ仕様。足元にある穴の中で火を焚き、上部の穴に鍋を載せて加熱するのだ。
マリーは『タッパー亭は私の店なんだし、ウチの厨房なんだから、別にいいんじゃない?』と言ったが、ヒナは、たとえマリーであっても商売のために使う以上は、組合に対し利用料を支払うべきだと諫めた。
組合事務所の二階には会議室があり、利用料や薪代を徴収のうえで街の商人たちに貸し出されている。
だから、今回の厨房の貸し出しも、それに準じるべきだという。もちろん、かまどやストーブ用の薪も同様に、受付で購入して使う。
「今日はまず、シロを炊くところを見てもらおうと思う。その後、どうやっておにぎりを大量生産するか考えたい」
と切り出した。俺はタッパーに入れてきた生米(もちろん精米済みであり、発芽はしないので大丈夫だと思う)を水で研ぎ、小瓶に分けて持ってきた少量の油を混ぜ、土鍋で炊いた。
二人は、ふっくらと炊きあがった米飯を見て、感嘆の声を上げた。もちろん俺の手柄ではないにせよ、日本人として、ちょっと得意な気分になるのは致し方ないだろう。
ヘラを使って、底から混ぜ返した。大皿を借り、米飯を広げる。
異世界には、使い捨てビニール手袋は存在しない。そのため、おにぎりを握る際の衛生管理をどうするかは、事前に考えてあった。……いや、普通に『おにぎり ラップがないとき』で検索したらヒットしたんだけど。
ともかく、米を炊く隣で、新品購入した麻布の布巾を煮沸消毒しておいた。素手で握るのではなく、濡らした布越しに握るのだ。
日本では木綿生地を使うらしいが、まあ、似たようなものだろう。試作なのだから、まずはなんでも試してみることに意義がある。
市場で購入した塩で異世界塩水を製作し、麻布にしみこませた。少し冷ました米飯を載せて、三角形に成形する。力を入れすぎず、ふんわりと、優しく手を握るように。
「これで、できあがり。やってみて」
と言って、今度は二人にやってもらった。両手に麻布を広げてもらい、俺が米飯を置いた。
最初はおっかなびっくりだったが、マリーはすぐにコツをつかんだ。ヒナは、手が小さいせいか苦戦している。
「うーん……」
三合分(九個)の米飯を手分けしてすべて握り、皿に並べた。
どう見ても、形が不揃いだった。
そもそも異世界では、正確に米飯100グラムを計量できない。そのうえ、俺とマリーとヒナとでは、手の大きさや力加減が全然違う。
ちゃんと握れているのもあったが、つかんだ時点で崩れてしまったり、握りしめすぎて食感が変わってしまったものもあった。
「難しいねえ」
自分で握った分を食べながら、マリーがヒナに話しかけた。
マリーのは、普段料理をしているだけあってかなり出来が良かったが、うまく作れなかったヒナを気遣ってくれたのだろう。ヒナは、あからさまにふてくされていた。
「………………」
「大丈夫。練習したら、きっと上手になるよ!」
マリーは優しく励ましていたが、俺としては、練習して技術を向上させる方向では考えていなかった。
――どんな人でも迷わず作業でき、毎回同じ結果を得られるようにするには、どうしたらいいだろうか?
工学の世界では、ユーザスキルに依存しない設計が求められる。道具を使う人が全員習熟者であるという前提は、現実的にあり得ないからだ。
設計者は、ユーザを信用してはいけない。『問題発生が予測される場合は、悪い方向に考えておく』とはそういう意味だった。
「………………あ」
ふと気づいた。コンビニおにぎりの工場では、どうやっておにぎりを作っているんだ? まさか、作業員が手で握っているはずはない。
もちろん、異世界で日本の工場のような自動化はできない。しかし、調べてみれば、何かヒントが得られることだろう。




