2-03. 試食会
翌日、俺は油入りバージョンの米を二合炊き、形や大きさなどの各種変数を様々に変えた塩むすびを製作した。もちろん、衛生管理の上、使い捨てビニール手袋をつけて握った。
試作おにぎりをタッパーに詰めて、昼前に組合事務所を訪れた。まだ事務所は午前の仕事中だったため、ヒナと二人、ロビーで待たせてもらった。
やがて事務所奥の扉が開いてマリーがみんなに声をかけると、彼らはその扉の向こうへ消えていった。
おにぎりのアイデアは、昨日の昼食の席で思いついたものだった。それでマリーにも、帰りがけに、今日試食会をしたい旨を伝えてあった。
彼女は俺たちがロビーで座っているのを見とめると、受付脇の扉を出てこちらへやって来る。
「ちょっと待ってて。すぐ終わるから」
と言って、事務所入口を内側から施錠した。別のテーブルの椅子をひとつ引いてきて、席についた。
「マリー、仕事はもういいの?」
「うん。昼休みが終わったら、後片づけがあるけど。最近、やっと慣れてきて、早く終わらせられるようになったの」
きっと、心に余裕ができたおかげで、効率化に目が向くようになったのだろう。……まあ、ともかく。今は目の前の、塩むすびの試食会だ。
まず、昨日ヒナと弁当を売りながら話した、『忙しい小規模店主に、昼食を提供する』というタッパー亭の基本方針案について、マリーに説明した。
それから、具体的なアイデアとして、『シロ(米のこと。訂正する前に定着してしまった)』を握り固めた『おにぎり』という料理を作ってきたので食べてもらいたい、と言って、タッパーを取りだした。
「おおっ」
ヒナが真っ先に声を上げる。やっぱり、商人の子だから、物珍しいモノへの関心が強いのだろう。
俺はふたりに、試食用おにぎりのラインナップを説明した。
まずは、普通サイズ(100グラム)の三角塩むすびが三つ。それから、形のサンプルとして、四角・丸・俵型に成形したおにぎりが一つずつ。三角型小さめサイズ(70グラム)が一つ。
ネットでは『手づかみ食べ離乳食』と書かれていたが、ひと口大(大人サイズ)の球形おにぎりも数個作ってみた。
ヒナはためらわず、手づかみで三角塩むすび(普通サイズ)に行った。三角形の頂点を大きくかじり、何度か噛んで、ごくりと飲み込んだ。
「冷めてるのに、柔らかい。しょっぱくて、もっと食べたい。とがってて、食べるところ迷わない。手で握っても汚れない。良い出来栄え。このまま売れる」
と絶賛した。……もちろん、コンビニおにぎりは今や日本で一年に何十億個と売れている完成された商品であり、俺は手製とはいえ、その模倣品を作ったのだ。俺の手柄ではない。
故郷の大ヒット商品である旨を説明すると、ヒナは「ふーん」と興味深そうに相槌を打った。さらに食べ進め、ひとつ食べ終わってから指摘した。
「おいしかった。でも、ずっと同じだと飽きるかも。中におかずを入れるのは? シロにスパイスを混ぜるとか。味も匂いも、見た目も良くなる」
具材どころか、まぜごはん系のアイデアまで出してきた。スピード感が尋常じゃない。きっと、あの父親に似たんだろうな……。
「じゃあ、厨房から、何か取ってこようか。おかずとか、スパイスとか」
マリーは、頂点を小さくかじった三角おにぎりをタッパーのフタに置いて、事務所の奥の扉へ入っていった。やがて、まかないおかずの余りと思しき皿や、スパイスの瓶などをトレイに載せて戻ってきた。
「今日のおかずは、羊肉の煮込みにしたの。それと、キュウリのお漬物」
羊肉はまだ温かいようで、ふわりと良い匂いが漂ってくる。ヒナはさっそくフォークを手に取り、煮込まれた羊肉をひと口食べた。
「おいしい。でも、よく噛まないと飲み込めない。冷めたら硬くなる?」
ヒナの指摘に、マリーが即応する。
「じゃあ、細かく刻んでみようか? そのまま飲み込めるし、硬くなっても食べやすいでしょう」
マリーはナイフを手に取り、ひとかけらの羊肉を小さく刻んだ。
その横顔がなぜか寂しげに見えて気になったが、触れるべきか迷っているうちに、彼女は作業を終えて肉をヒナに渡した。それから、こちらを見て話題を変える。
「トーヤ。これは、良い匂いのスパイスと、からいスパイス。濃いスープにして、シロに混ぜるのはどう? べちゃべちゃになっちゃうかな?」
「え? ……ああ、それは大丈夫。シロは水で炊くから、その時に混ぜればいいよ」
ひととおりの試食を終え、出た意見をノートにメモした。
ちょうど、事務員たちも仕事に戻りはじめる時間帯だった。マリーは入口の施錠を解きに行き、俺はカラになったタッパーをカバンに仕舞って、ヒナと共に外に出た。
大通りの喧騒に消えていくヒナの背中を見送って、振り向いた。
マリーは困ったように眉を下げて、こちらを見ている。たぶん、様子がおかしいと俺が気づいたことに、気づいているのだ。
「どうしたの」
とだけ尋ねた。急いで立ち去らないのは、きっと、話を聞いてほしいからなんだろうと思った。
「……私ね、母さんに食べてほしくて、肉を刻んだの。結局、食べてくれなかったけど。その時のこと、思い出しちゃった」
彼女はそう呟いて、指先で目元を拭った。
何も言えなかった。マリーの姿が重い扉の向こうへ消えるまで、その場に立ち尽くしていた。




