2-01. 基本方針
土曜日、俺は例によって、組合事務所前でヒナと弁当を販売していた。俺はヒナの売り込む声を聞きながら、ぼんやりと大通りを眺めていた。
あの馬車には隊商のお偉いさんが乗っているのだろうか、あの人は仕事帰りの労働者なのだろうか、と想像をめぐらせるたびに、書き割りのようだった大通りに、少しずつ奥行きが増していく気がした。
「トーヤ!」
ふと、ヒナの声で現実に引き戻された。彼は麻袋に500円硬貨を放り込み、ジトリとこちらを睨む。
「また、ぼーっとして……。弁当屋、誰を相手にするか、考えてる?」
「え……あー……」
俺たちは今、組合事務所前――つまり大通り沿いの一等地で営業させてもらっていた。多くの人々が行き交う場所であり、市場調査にはうってつけだ。
しかし、ここを離れてよそで商売をするとなれば、こんな好条件な立地はまずあり得ない。
つまり、本格的に店を出す前に、まず『誰を相手に商売をするか』を決めなくてはならないわけだ。言い換えれば、店の基本方針をはっきりさせる、ということになる。
ただ、客層設定以前の問題として、俺はあまりこの街のことを知らなかった。
行ったことがあるのは、組合事務所や市場や広場くらいで、それも最初は完全に観光気分だったため、そこにどんな人々が居て、どういう生活をしているのかは把握していない。
それで、まず脳裏に浮かんだのは、初めてこの異世界で弁当を食べてくれた人の顔だった。つまり、路地で迷子になり、腹を空かせて泣いていたヒナだ。
もちろん、組合の人たちもみんな弁当を喜んでくれたけれど、やっぱり、あのとき口いっぱいに弁当を頬張っていたヒナの姿が、一番印象に残っている。
「やっぱり、おなかが空いてる人に食べてほしいかなあ」
自分なりに答えてみたが、くだんのヒナには、『なんだコイツ』と言わんばかりの呆れ顔をされた。
「トーヤ……。考える気、ある? ごはん買う人、みんなおなか空いてる。当たり前」
「ウッ……」
ごもっともだった。空腹の人に食事を提供するのは飲食店そのものの基本方針であり、タッパー亭独自のそれではない。
「でも、間違いじゃない。もっと、よく考える。弁当買う人、なんでおなか空いてる?」
「え? そりゃあ、……昼だし」
ちらと腕時計を見ると、十三時を過ぎていた。俺だって、朝から弁当を作って異世界へ出勤してきたのだ、この時間ともなれば腹は減っているし、他の誰だってそうに決まっている。
「そう。でも、ごはん食べてないから、弁当買う。おなか空いて嬉しい人、いないのに、なぜ食べてない? 考えて、その人たち、タッパー亭のお客にする」
さすが、ヒナは目の付けどころが良いなと感心した。
街の人口やら人間一人あたりの飲食量やらは、そう大きくは変動しない。つまり普通に考えると、ウチの客を増やせばライバル店の客を奪うことになり、向こうも負けじと取り返そうとして、競争が激化する。
しかし、街に昼食の習慣がない人々が居るとしたら、どうだろう? その客層は、いわゆる未開拓市場ってやつだ。
「今のお客で多いの、小さい店の店主。組合来たら閉まってた、おなか空いてるし、待ちながら食べようかな、って人」
言われてみると、確かに組合の人々は時間にルーズだった。弁当の配達時間を指定されたことは一度もなかったし、彼ら自身も、弁当が届いたそばから休憩に入っていた。
これでは、組合に用事があって来たのに、昼休みで困った、という人が出るのも無理はない。
とはいえ、そもそもこの街には、正確な現在時刻を知るすべがないのだった。街で時計を見たことはなく、定期的に鐘が鳴ったりもしない。つまり、全体的に時間感覚のユルい街なんだろう。
「大店は、人を雇うから、まかない出す。でも、自分ひとり、家族だけの小さい店は? ごはん用意する暇、食べる暇ない。かたいパンや干し魚かじりながら、お客の相手する?」
なるほど、市場には、飲食店はたくさんある。しかし、他に従業員の居ない小規模店舗の店主たちには、昼に外へ食べに出たり、買いに出かけたりする時間的余裕がないのだ。
かといって、保存可能な食品はそのままでは食べづらく、手軽に補給するには不向き。
俺も先日、元上司に話しかけられた時とっさにパンを口に突っ込んでしまい、なかなか飲み込めずに気まずい思いをした記憶があった。まして、口に何か入れたまま客の相手など、できるわけもない。
そうなると、面倒だし、昼の空腹は我慢して夜に食べればいいと考え、昼を抜いてしまうんだな。
「市場には、たくさん屋台ある。串焼き、肉まん、おいしい。でも、冷めたらおいしくない。弁当は、冷めてもおいしい。そこが違う」
ヒナはいったん言葉を切り、事務所へ続く道を入ってきた人に声を掛けた。またひとつ、弁当が売れた。
「弁当は良いモノ。でも、良いモノ、他にもたくさんある。お客、ただ良いだけじゃ選ばない。だから、他と違う良さ見つける。それが、商売」
受け取った500円硬貨を、麻袋に入れた。今日も、弁当は完売した。




