1-25. 温蔵実験
日本の古アパートに帰って、弁当の温蔵実験をした。
まず、レトルトの米飯をチンして、冷まして、弁当と同じ量をタッパーに詰めた。スーパー総菜のチキン南蛮を載せて、フタを閉める。
副菜は用意しなかったが、弁当の主な体積を占めているのは米飯と主菜であり、その他は誤差の範囲と判断した。
次に、買ってきた大型のアルミ両手鍋に百均のスチール鍋敷きを入れ、鍋敷きが完全に水没しない程度のお湯を沸かした。
鍋敷きの上に即席タッパー弁当を置き、鍋のフタを閉める。
鍋をコンロに掛けたまま数分おきに弁当を取りだし、米飯・主菜それぞれ数か所の温度を、衛生管理のために購入していたデジタル温度計で計測し、結果をノートに記録した。
――結論から言うと、この方法では無理だった。
タッパーの外側に近い部分は温まるのだが、内部は冷えたままで、温度ムラが出てしまう。内部まで65度以上を維持できないと、衛生管理上マズい。
しかし、衛生管理上65度以上の維持が必要なのは、食べ物を保管する場合の話だった。長時間ぬるい温度のまま放置すると、食中毒菌が増殖してしまうからだ。
であれば、温蔵は無理だとしても、食べる直前に、レンチン的な感じで使えないかとも考えていた。
だが、それも難しかった。時間がかかるのだ。注文を受けてから温めはじめるのでは、昼休みが終わってしまう。
「……うーん」
最後に、失敗した温蔵弁当をそのまま試食した。外側はそこそこ温かいが、中は冷たい。
もちろん、データの時点で明らかだった。しかし世の中には、実際に自分で体験してみないと分からないこともある。今回は、温度ムラがある弁当はおいしくない、ということが判明した。
途中で食べるのをやめ、レンチンした。
温かかった。生まれてこのかたずっと身近にあり、当たり前に使ってきた電子レンジがどれだけ偉大な存在だったか、俺はこのとき初めて理解した。
◇ ◆ ◇
翌日、ヒナとの食べ歩きの約束(有効だった)のため、ふたたび組合事務所へ向かった。大通りには、今日も人や馬車が行き交っている。
「――あーっ!!」
石畳の一角にそれを見つけて、思わず叫んでしまった。こんな大声を出したのは、むかし幼い甥っ子と遊んでいて、彼がとつぜん滝のように吐いた時以来だった。
周囲の通行人が、不審そうにこちらを見る。俺が縮こまって頭を下げると、みんな『なんだコイツ』みたいな顔をして去っていった。
ともかく。石畳の上に、馬糞が落ちていた。
つまり俺の、異世界文化文脈認識仮説が、実証されたのだ!
感動のあまり動けずにいると、どこからか、あまりきれいな身なりでない老人がやって来て、ホウキとチリトリで掃除し、よたよたと去っていった。見たところ、趣味で町内清掃をしている様子ではない。もしかすると、これも組合の仕事なのだろうか。
ヒナと組合事務所で落ち合い、広場に向かった。やはり、ヒナは時々変な方向に俺の手を引いた。しかし今日は、ヒナが馬糞を避けている、ということが分かった。
世界の見えかたが変わったのだ。昨日は恐ろしくて目を覆ったのに、今日は嬉しくてたまらなかった。思わず振り返ってまで馬糞を見つめてしまい、ヒナに白い目で見られた。
広場で串焼きを買い、一口かじった。見た目や味から察するに、牛肉だった。もちろん、俺の知っている牛肉とは、物質的には異なるのだろう。だが、これはまぎれもなく、『異世界牛肉』なのだ。
食べながら、まずは温蔵実験がうまくいかなかったことを伝えた。その後、大通りで見た、馬糞拾い老人について尋ねた。
やはり、組合の仕事だった。年をとって肉体労働が難しくなった人をバイトとして雇い、集めた馬糞は堆肥にして、近隣の農村に卸しているという。
なるほどな、と思った。俺の異世界認識が低解像すぎて見えなかっただけで、この異世界でも向こう側と同様に、様々なものが複雑に絡み合い、循環しているのだ。
「トーヤ……。いま、ごはん食べてる。うんこの話、しない」
怒られた。ごもっともだった。
第一章・第二節が完結しました。
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